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2011年7月21日 (木)

映画「大鹿村騒動記」

ナタリー・ポートマンの「水曜日のエミリア」を見る予定だったのですが、急遽変更して原田芳雄主演、阪本順治監督「大鹿村騒動記」を鑑賞することに。

私が原田芳雄という俳優の存在を気にかけるようになったのはATGの「祭りの準備」という映画からでした。そして最近では2008年の是枝裕和監督作品「歩いても 歩いても」が最も好きな原田芳雄出演の邦画でした。

原田芳雄の遺作となったこの「大鹿村騒動記」は、長野県下伊那郡の大鹿村で行われる「大鹿歌舞伎」をめぐって繰り広げられる人間模様を扱った喜劇です。幼なじみと一緒に妻が駆け落ちをし、18年後に戻って来た時には妻は認知症になっており、幼なじみの「返す」という台詞から騒動は始まり、村歌舞伎で妻と一緒に舞台に立つシーンがクライマックスとなっています。見終わって感じたことは、配役ひとりひとりが大変個性的に描かれていて、ひとつひとつのシーンがその人の「人生」を語るような感じで、主役から脇役までひとりひとりが生き生きとして描かれていました。小倉一郎は久しぶりに見たのですが、あのひょうひょうとした演技がその配役にうまくはまっていたと思いますし、その他の配役もぴったりで、主役の原田芳雄は昔見た「祭りの準備」の頃の不良っぽさを思い起こさせました。

映画の中の何気ない台詞の中にも、見ているものに過去を回顧させるようなものが盛り込まれており、細部まで綿密に考えられた台本であることを感じました。(たとえば原田が演ずる善が自分の妻(大楠道代)と駆け落ちをしてしまった幼なじみの治(元ザ・タイガースの岸部一徳)に対する台詞で「昔はビートルズにかぶれて、髪を伸ばして...」とか、恋人が東京に行ってしまっている村役場職員の美江(松たか子)に向かって善が茶化して「木綿のハンカチーフ」を歌い始めたり、そして三國連太郎演ずる善の妻の父親・義一が善の父親がシベリアに抑留されて過酷な生活を送っていたことを語る台詞など←この三國の台詞と演技には思わずホロリとなりました) 設定でおもしろかったのが、善が経営する鹿料理の店の名前が「ディア・ハンター」ならぬ「ディア・イーター(鹿を食べる人)」だったこと。

村の歌舞伎を演ずるシーンでは、大鹿村の人たちが観客として出演していましたが、その中には大鹿歌舞伎の「プロ」がいて、俳優たちが演ずる歌舞伎に「違うんだよなあ」と注文をつけ、俳優・石橋蓮司が「エキストラの人にダメ出しされたの初めてだ」と語っていたそうです。

江戸時代から昭和まで何度となく「歌舞伎禁止令」が出され、大鹿村ではそれを無視して歌舞伎が上演されていたそうです。このような反骨精神が原田芳雄という俳優の「不良」的性格と合致し、大変すぐれた喜劇映画が作り上げられたのだと思います。原田芳雄は「この映画の主題になった村歌舞伎には、芸能が本来備えている「蛮力」のようなものがあると思うんですね。役者という生業を続けて、70代に入った今、僕自身がそういう力に飢えている感じがある。その意味で『大鹿村騒動記』は節目になりそうな予感はしています。第三期の始まりと言いますかね。ここからまた、何かが始まればいい」とインタビューで語っていました。

「第三期」は永遠に訪れないことになってしまいましたが、原田芳雄という俳優の存在をたっぷり示してくれた映画を、今日は十二分に楽しませて頂きました。

銀座の丸の内TOEIのポスターには「追悼 原田芳雄 様」の文字が。

Photo

この映画は、震災後の日本を癒してくれた映画として、長く語り継がれることになるでしょう。

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