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2011年6月13日 (月)

これから

ある人が、「自分は原発に決して賛成ではないけれど、デモには参加はしない。デモに参加するだけが脱原発の姿ではないからだ」と言っていました。このような発言をした裏には、「デモに参加しないことによる差別を強く感じるようになった」ということがあるからのようです。

私はデモに参加したことはないのですが、やり方によっては大きな力となって世の中を動かしていくこともあると思いますし、また意図していたこととは全く逆のことが起きてしまうこともあると思います。第二次世界大戦が起きる前(或いは起き始めていた頃)のヨーロッパで、パシフィストによる「戦争反対」運動によって、ナチス・ドイツの初動を止められず、その後あっと言う間に戦火が拡がってしまったという事実もあります。皮肉にも事実としては「平和運動」をしていた人たちが戦争を拡大させてしまったということです。戦争は悪いことは当たり前なのですが、その「芽」を摘む機会を逃さないことも必要であると教えてくれた歴史的事実だと思われます。

現在の脱原発運動に関して言うと、「デモに参加しない」でもできる、異なった形での活動を行うことも必要ではないかと思うのです。「デモに参加した」「参加しない」で「差別」が生まれてしまうならば、もっと考え方に柔軟性を持たせて進めていく方がいいのではないでしょうか。多くの人たちが一つだけの方法で突き進むと、何かうまく行かなくなった時に一気に崩れ去ってしまうこともあるのではないかと考えています。ただ「反対」というだけでなく、原発がなくてもやっていけることを身をもって示す活動をしたり、国を動かす人たちに具体的な方向を提案したりすることが必要なのではないでしょうか。いつまでもデモだけをやっていてもこの国は変らないのではないかと思います。

自分にとって今すべきことは、「勉強」だと思っています。もっと世界の人たちの考え方を学びたいし、原発なしの生活を可能にするものとして何が一番いいのかも知りたいですし、勉強することによって、それを生徒たちにも伝えることができます。教師とは自分の専門科目だけを教えればいいという時代はとっくに終わっているのだと思います。生徒に投げかけることによって、受験しか頭になかった生徒達の中にも、真剣に考えてくれる子が出てくるかもしれません。自分の仕事、生活の中で、「脱原発」を進めて行かなければ、いつかは行き詰るのではないでしょうか。そして、ただ「反対」という感情論、観念論にならないように、「自分はこの方向がいいと思う」という主張ができるようにしなければならないでしょう。それはTVで見た程度の知識ではいけないと思うのです。(最近TVは信用できないことが多いですので)

例えば、ネットで色々調べると、風力発電にも日本の環境にはそぐわない部分があることが分かります。ネットを皮切りにして(ネットだけの情報を信じ込んでしまうのも危険ですね)、書物を読み、専門家から聞き、その上で自分の意見を持てるようにしたいものです。最低限それくらいの姿勢が必要だと思います。

私は、きっとこの国は数年後(数十年後かもしれません)には「脱原発」を成功させていると思っています。過去に唯一原爆を落とされた国に住み、そして今回は自然の脅威によって原発事故を起こされた国に住む、「核」の本当の恐ろしさを知った国民が英知を結集しないわけがないと思うからです。

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