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2011年4月 1日 (金)

「自粛」について

   

上野公園での花見が今年は「自粛」を要請されているとのこと。今日はこのことを考えてみたい。

以前、昭和天皇が崩御した時、「華美な音曲は自粛」という「お触れ」が出されていたと記憶している。前任校で、当時は文化祭を控えており、学校側からの指示によりバンド演奏などが中止となった。怒った生徒が学校の小講堂の扉を蹴飛ばして破損したことも鮮明に憶えている。しかしその中でも文化祭は中止はされず、「粛々」と行われた。ここに「自粛」のありかたを示唆するものがある。

現状からいって、たしかに日本人の感覚からいうと「どんちゃん騒ぎ」「馬鹿騒ぎ」をするような時期ではないのかもしれない。大変な思いをしている被災者の方々の立場に立って考える必要もあると思う。また「自粛」とは文字通り「自らがひかえること」なのであって、何もしないことを押し付けられるものではない。要は花見をする側の「程度」の問題ではないだろうか。

私は毎年、上野公園の花見のあとの「惨状」にはつくづく残念に思っている。美しい桜と対照的なゴミの山。そんな花見ならいらないとさえ思ってしまう。

この時期に、静かに花見をするのもいいのかもしれない。お酒はほどほどにして、酔っ払って無理に明るく振舞うよりも、心静かにお酒をたしなみ、観桜するものいいのではないだろうか。それこそ「風流」で良いのでは。

「風流」といえば、うちにある浮世絵に、女の子がまるで七夕のように願い事を書いた短冊を桜の木に括り付けているものがある。おそらく、江戸から明治時代の初めまではこのような習慣があったのではないだろうか。 
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今年の花見は酔っ払うほどの「どんちゃん騒ぎ」は控えてゆったりとお酒を楽しみ、心静かに桜を眺めながら被災者の方々の今後の幸せを願うというのはどうだろうか。そして更に、被災地の復興も願いながら。それがこの国の繁栄に繋がることは確かなのだから。

いよいよ桜が開花し始めたようである。
   
   
追記 作家の村上龍がほぼ同様の意見を言ってくれている。

  

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