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2010年9月 6日 (月)

恩師・野口武徳先生のこと

                

今日は自分が大学時代に出会った素晴らしい恩師と学問に関して書いてみたいと思います。これは近く書かせて頂きます、まさむねさんのご著書「家紋主義宣言」に関する記事と関連すると思ったからです。

恩師の名前は野口武徳先生。先生は、沖縄研究、「家船(えふね)」の研究(陸に上がらず船上生活をする人たちの研究)、そして日本の文化に関する解説(昔、フジTVの昼のニュース番組で解説をしておられました)など、民俗学、社会人類学の学者としてご活躍、また多数のご著書がありました。また、元巨人軍川上哲治監督のお宅に、若き日の長島茂雄氏と一緒に下宿し、川上氏の息子さんの家庭教師をしておられたこともあったそうです。

P1010358先生のご著書で私が最も感銘を受けたのが、この写真の「沖縄池間島民俗誌」(未来社)です。まだ沖縄がアメリカから返還される前の昭和36年3月から半年間、八重山諸島の小さな池間島に民俗調査のためにわたられます。この本でもっとも先生のお人柄を知ることが出来るのが、第三部の「わが回想の池間島」です。その中から引用させて頂きます。

「沖縄本島や石垣の人は宮古を悪く言い、何か一段低い田舎者のような言い方をするし、沖縄の新聞は犯罪記事のときに宮古出身者が犯人のときには『またも宮古生まれ』などという表現を用いる。また宮古に行くと池間の人を何か異人種の如く言う。要するに日本の縮図だと思えばよいし、何も本質的なちがいはないのである。それを寄ってたかって、自分達とはちがうと言っては安心している姿勢である。本土の人間の沖縄の人に対する偏見や差別ということがよく問題になるが、沖縄の中にもあり、もっとひどいかもしれないとさえ思う。池間の人たちにあなた方は誰を差別するのかとたずねると、『差別したくともする島がない』という答えが返ってきた。私は差別する対象を持たない島を選んだことをことのほか喜んだ。」

この箇所の内容は、先生は大学の講義でも必ずお話をされていました。先生は大学の学部での卒論が、差別をしいられている家船の研究であり、また小学校時代を韓国のソウルで過ごされ、友人も韓国人が多かったこともあり、偏見や差別の観念をもってはおられなかったとのことです。

このような社会人類学、民俗学の教授であるだけでなく、人格者であられる野口武徳先生に大学時代に師事したことは、私にとって人生の貴重な財産となりました。特に1979年の沖縄宮古島へのゼミ調査旅行は忘れられない大切な思い出です。

宮古島に着いてから、学生(私を除くと全員女性)がそれぞれ自分の研究テーマにそった調査に出かけると、野口先生は私に「調査に行く時間はいくらでもある。君は今日はここに残って私と一緒に飲むのをつきあってくれ」とおっしゃるのです。昼間から、山羊刺し、海ぶどう、ミミガーなどをつつきながら泡盛を飲み続けるのです。(この頃の私が人生で一番酒に強い時期でした)泡盛は決まって「菊の露」です。今でこそ東京でも手に入れることができますが、当時は宮古でしか飲めない泡盛でした。飲んでいた場所は宮古島の平良市にある「来々軒」という古い食堂の2階の座敷。ここは戦前は立派な料亭だったとのことで、いろいろと当時のお話をご主人の羽地栄さんから伺いました。(のちに1980年代中頃、山下清をモデルにしたTV番組「裸の大将」で宮古島ロケが行われた時、この来々軒が宴会のシーンの場所になりました。TVに突然来々軒が出て来てご主人の羽地さんが現れた時、大変驚き、またとても懐かしくも感じたものです) 先生と一日中飲んでいる時に、ご主人がポロリと昔の話をすると、野口先生の目が輝き、「君、ノートをとっておいてくれ」と言うのです。こんな民俗調査の仕方ができるのは野口先生だけではなかったでしょうか。

卒論の指導は厳しく、「君はもっと文章がうまくならなければいけない。私が学部生の時に自信がもてたことは自分の文章力だったのだよ」と指導されたことは今でも忘れません。未だに文章が下手なのは変らないのですが。そして先生のご指導のお蔭で、その年度の「日本民俗学会卒業論文発表会」に大学の代表として参加させて頂きました。テーマは「無墓制の問題」。墓を持たない村の調査をもとに、日本の墓制研究に一石を投じよう、などと大それたことを考えていました。(全くそんなことはできませんでしたが) 

P1010362大学卒業後数年が経ったある日、墓制研究の一人者であられる新谷尚紀先生から直々にお電話を頂き、自分のつたない卒論をお貸ししたことがありました。そして新谷先生のご著書に私の卒論、調査のことを載せて頂くことになり、大変恐縮してしまいました。この写真がそのご著書「両墓制と他界観」(吉川弘文館)です。この本が出版される5年前の1986年1月、野口先生は突然お亡くなりになり、前年父親を亡くしていた私にとっては、心に大きな穴があいた辛い時期を過ごすこととなりました。

野口武徳先生と民俗学との出会い。忘れようとしても忘れることができない私の人生の1ページです。目黒第一中学で英語を指導して頂いた伊藤寿子先生、英語の真髄を教えてくださった故・松本亨先生とともに私にとって大切な師であり、私の人生に英語以外の世界を示してくださった恩師、野口先生に深く感謝を申し上げる次第です。自分が人生を終えて、あの世で野口先生とお会いできるようなことがあるとすれば、きっとまた「菊の露」を酌み交わすことになると思います。(笑)

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