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2010年9月16日 (木)

『生かされている限り・・・ 六度のガン手術と闘った熱血英語教師』

    

松本亨先生(松本亨高等英語専門学校)のことを記事に書いたところ、SEさんという方から、私が1974~1976年に松本亨高等英語専門学校に通っていた時ご指導頂いた斎藤文一先生のご消息を教えて頂きました。

斎藤文一先生の音声指導は素晴らしく、また時々折り込む英語のジョークが授業で大受けで、あの学校の中で私が最も好きな授業でした。音声指導というと、堅苦しくなってしまうか、遊びになってしまうか両極端ですが、斎藤先生の授業は「楽しくて身につく」ものでした。今でも先生から教えて頂いた音声の知識は、授業で活用させて頂いています。

SEさんから、斎藤先生がその後松本専門学校を離れ、何と大学受験予備校の河合塾で教えられ、そして1996年に亡くなられたことを教えて頂きました。これは私にとっては大きな衝撃で、あんなに元気であられた斎藤先生がガンになるなど、想像もできなかったからです。今でもどこかで元気に“Think in English!”と大きな声で授業をしておられるだろうと思っていたのです。

P1010311SEさんから、斎藤先生が書かれた本があることも教えて頂き、すぐに購入いたしました。タイトルは『生かされている限り・・・ 六度のガン手術と闘った熱血英語教師』。この本の中には、私が知っている斎藤先生と、その後の私の知らない先生のお姿(河合塾講師として、そして一家族の父親としての)が克明に綴られていました。さらにガンと闘い、最期まで英語教育に情熱を傾け、亡くなる直前までMartin Luther King Jr.の演説を諳んじておられた先生。大きな声であの演説を授業でデモンストレーションされていたお姿が今でも目に浮かびます。そしてハッとしたのが、先生が亡くなられた年齢がまさに今の私の年齢で、命日が9月15日(この記事を書いている前の日)だということを知った時です。今、英語教師として教鞭をとっていてもサボっている私に「私が言っていたことを忘れたのか!Think in Englishだ!」と先生が怒鳴りつけているような気がしたのです。

高校生の時の、そして大学浪人をしていた時の自分の英語に対する情熱を呼び起こされたような気持ちになりました。 53歳で亡くなられた斎藤先生、そして53歳でまだ迷いながら生きている自分。 斉藤先生の考えておられた英語教育に近いものを、一歩ずつでもやっていきたい。そう発奮させられたご著書でした。

斎藤先生のご遺志を継ぐ英語教師になれるように精進したいと思います。

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