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2010年6月12日 (土)

松本亨高等英語専門学校

もう36年も前のことです。私は伸び悩んでいた英語を何とかしようと、渋谷にある英語学校で夏休みに行われる「大学受験英語講座」に通うことにしました。その学校名は「松本亨高等英語専門学校」(当時はまだ専修学校の認可も受けていない学校で、その後「東京松本英語専門学校」となってから専修学校になったようです)。NHKのラジオ英語会話講師を20年以上勤められた松本亨先生を学長とする小さな学校でした。宮益坂を上っていったところにあったその学校を初めて訪れた時のことを今でも覚えています。講座の説明を受けるためにロビーで待っていたところへ、一人の女性の生徒が入ってきて何やら先生と英語で話し始めるではありませんか。しかもかなり流暢な英語でです。その時「この学校で頑張れば、道が開けるかもしれない」と直感し、すぐに講座の申し込みをしました。

中学1年の時に目黒第一中学校で伊藤寿子先生という素晴らしい先生に音声を厳しく指導して頂いたお陰で、音声面での自信はあったのですが、高校時代は読解力、文章力に行き詰っていたため、藁をも縋る思いでこの講座に参加したわけです。授業は、大学受験のための講座といえども全て英語で行われるという徹底ぶり。初めはついていけるか心配でしたが、3日ほどで先生方のおっしゃることもわかるようになり(先生は日本人だけでなくアメリカ人のジョン・ストローマンという先生もいらっしゃいました)、「英語で考える」学習法を徹底的に叩き込まれました。とにかく全てを英語で行い、予備校とは全く違う、英語の音を大事にする講座で、1ヶ月通い詰めて英語に対しての自信を回復することができました。本当に幸運だったと思います。もうひとつ大変幸運だったのは、大学受験講座で松本亨先生が直々に授業をなさったのは、私が受講した年が最後だったことです。

その後大学に通うようになってからも、夜から同校の「ナイトスクール」へ通い、パラグラフ・ライティングの演習などの授業を受けました。当時、パラグラフ・ライティング、パラグラフ・リーディングを教えてくれるところは少なかったと記憶しています。

残念ながらこの学校も松本先生亡き後、学長を受け継いだ森喬伸先生が起こした問題で消滅してしまいましたが、ここ数年この学校が無性に懐かしくなり、ネットで先生方のお名前を検索していました。英語の達人だった森喬伸先生はテコンドーの協会の会長になられた後、再び英語の学校を経営しているようです。森先生の妹の久子先生は、新宿の「フィニックス英語学院」という学校を経営していたようですが、一昨年閉校したようです。大変お世話になった近藤国太先生は、ご著書を一冊書かれた後、2004年に他界されたとのこと。近藤先生には、デール・カーネギーのグループ・スタディをして頂きました。この時学んだことは決して忘れることがないと思います。村田洋充先生は、現在河合塾の英語講師としてご活躍中とのこと。写真を拝見しましたが、当時ほっそりしていた先生が、とても貫禄がついていて時の流れを感じました。(笑) 音声指導をしていただいた斉藤文一先生と滝沢惇先生のご消息はわかりません。今でも先生方が「日本の英語教育を変える!」と熱く語っておられた姿が目に浮かびます。

この英語学校が経営でつまづかなければ、この国の英語教育の流れも少しは変っていたかもしれません。結局、昔と同じように英語は受験の道具として「利用」されてしまっているだけです。今塾で教えていても、目先の受験合格のことばかりで、将来英語を使いこなせるだけの英語を教えようとはしませんし、生徒も学ぼうとしません。単語を憶えれば英語ができるようになると勘違いしているのです。「長文をすぐ読めるようになりたい」という割には、足元を固めるようなこと(特にまとまった文章をたくさん、そして繰り返し読むこと)を教わる方もしようとしません。とにかく即席にうわべだけの受験テクニック的なことを身につけようとするだけ。

近い将来、松本亨高等英語専門学校のように、しっかりした英語力を身につくような塾を作ってみたいと思っています。本当の英語力が身につけば、高校受験はもとより大学受験にも対応できると確信しています。小手先のことを教えることは、私の意に反することなのです。それにしても、学校も塾も予備校も未だに受験英語まみれですね。35年前と何ら変っていない。このままではいつまでたっても日本人は英語に悩まされることになりそうです。

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コメント

Thank you for your comments, Junko-san!

I went to Night School in 1975 and Night School for Post Graduates in 1976. I guess you were a "Day School" student. I remember we used to call Day School students "Professional."

I believe Toru Matsumoto School of English was the best English school here in Japan. Unfortunately, it was closed many years ago, but still its philosophy is alive! I would like to inherit Matsumoto School's philosophy by opening a small English school in Chiba prefecture next year. I believe this will be my last challenge in my life.

Anyway, it is so nice to talk with a graduate of Matsumoto School like you. Why don't we get in touch on the Net?

Thank you so much!

投稿: JUN LEMON | 2011年8月30日 (火) 00時44分

Hello, I'm a graduate of Matsumoto School (1977 I think...) Even though I use the internet daily, I thought of googling Matsumoto for the first time today. I was so surprised to find a few entries written by the graduates of the school. All the names of the teachers are so dear to me; Messrs Saito, Murata (my advisor,) Kondo, Stroman, Miss Mori, Dokutaki (Dr. Takizawa) .... I'm sorry to hear about Messrs Kondo and Saito. I often wondered what had happened to the teachers and the graduates. (I'm not on Face Book.) I live in USA now. I often tell people that Matsumoto was the best English language school in Japan.

投稿: Salmon純子(nee 甲斐) | 2011年8月29日 (月) 23時35分

SEさん、斉藤先生の情報をありがとうございました。村田先生と同じく河合塾で教鞭をとられていたのですね。

近藤先生、斉藤先生と私が通っていた時お世話になった名物先生が亡くなられ、大変寂しく思います。斉藤先生から教えていただいた音声に関する知識は今も活用させていただいています。

SEさん、本当にありがとうございました。

投稿: JUN LEMON | 2010年9月14日 (火) 16時12分

私は斎藤文一先生に1990年河合塾で教えていただきました。大学には1991年3月に合格しましたが、その直後に先生はガンに倒れられました。1996年に他界されています。ご著作も出版されています。

http://www.amazon.co.jp/%E7%94%9F%E3%81%8B%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E9%99%90%E3%82%8A%E2%80%95%E5%85%AD%E5%BA%A6%E3%81%AE%E3%82%AC%E3%83%B3%E6%89%8B%E8%A1%93%E3%81%A8%E9%97%98%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%86%B1%E8%A1%80%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E6%95%99%E5%B8%AB-Moku-books-%E6%96%8E%E8%97%A4-%E6%96%87%E4%B8%80/dp/4900682179

滝沢先生はオーストラリアに移住されたとのことですが、その後のご消息はわかりません。

投稿: SE | 2010年9月14日 (火) 14時54分

Kaplan Katoさん、初めまして!返信が遅くなり申し訳ございませんでした。(昨日まで北海道へ行っておりました)

Kaplanさんの学校は数ヶ月前にネットで知りました。松本英語を受け継いでおられるとのこと。「素晴らしい!」のひとことです。

斎藤文一先生、滝沢惇先生のご消息はご存知でしょうか?

いつの日か、Kaplanさんの学校を訪問、見学させて頂きたいと思っております。どうかよろしくお願い申し上げます。

投稿: JUN LEMON | 2010年8月14日 (土) 00時10分

ついこの間まで、久子先生や森先生とフィニッ
クス英語学院で、講師として仕事をしていま
した。

松本英語の流れは、現在、こちらで引き継いで
頑張っています。

http://www.kaplan.ac.jp/

投稿: Kaplan Kato | 2010年8月12日 (木) 12時16分

赤井川塾さん

こちらこそありがとうございました。
こうして書いた内容を読んでみると、自分は昔からちっとも進歩してないなあと思います。(笑)

若い人たちは最近、経済不況の影響もあるようですが、海外へ留学しなくなっているようです。内にこもっていては、海外の人と意見を交わす機会もなくなってしまいますので、とても残念なことです。国際社会から日本が離れていってしまわないかと危惧しています。

投稿: JUN LEMON | 2010年6月18日 (金) 22時40分

JUNさん、いろいろありがとうございました。JUNさんのお話から半ば強引に教育論や道徳・修身をもちだして申し訳なく思っております。

じつは、たまたま最近、修身教育の復活を熱狂的に望む人生の大先輩の話を聞いたものですから、なんだか耳にこびりついてしまって…。

いずれにしても、これからの社会(国際社会)で日本人がどのように生きていくのか、ときどきでいいから(笑)、ちょっとばかり考えることも必要だと思っています。ちょっとばかり…

投稿: 赤井川塾 | 2010年6月18日 (金) 21時08分

私は道徳は学校教育でやっていくのには限界があると思っています。かつて自分がやっていたものは、本当に手抜きで、落語を聞かせてその内容から日本人の思考や日本の家族のあり方を考えさせたり、ビデオで、欧米の生活様式とは全く違うチベットや山岳民族のミャオ族の生活を見せながら、世界の人々の生活、文化、価値観の違いなどを考えさせてきました。何か文化人類学的になってしまったのですが、そのくらいしかできなかったのです。自分の或いは文科省の価値観を押しつけるような道徳の授業はいやでしたので。またそれは偽善だと思いますし。

戦争中のエピソードをひとつ。あれほど修身教育が徹底されていた戦中でも、まったくそれが生きていないお話しです。
私の父は海軍兵学校に入学して、江田島で共同生活をし、教育を受けていたのですが、教官に非常に嫌な奴がいて、生徒数名でカレーライスの中に頭の「フケ」をふりかけ、その教員がカレーを食べて下痢をするのを楽しく見ていたそうです。それから何十年も経ったある日、息子にその話を楽しそうにしていたのですから、修身教育なんて意味のないものではないでしょうか。(笑)

果たして教育によって、日本人は日本(日本人としての誇り)を取り戻せるのかどうかは、今後の日本社会の大きなテーマではないでしょうか。私は諦めていません。戦後失ったものでも、これから掘り起こすことも可能だと思うのです。困難(或いは誤解)を伴うと思いますが、それができなければ、もうアメリカか中国のいいなりになるしかないこの国の未来が待っているだけです。でも、今ある公的な学校ではそれはできないでしょうね。学校というより、生活の中で、特に家庭、コミュニティでの教育が必要なのかもしれません。そのためには大人への教育(もちろん自分も含めた)がなくてはならないのかもしれません。

何か偉そうに書いてしまいました。どうか笑い飛ばしてください。(笑)

投稿: JUN LEMON | 2010年6月16日 (水) 17時02分

しつこくてすみません。確実に話題が逸れると思いますが、誤解をおそれずに書きます。

よく「道徳は教えられるか?」という問いを耳にします。私なりの答えは「否」です。少なくとも私が若者たちに道徳を「教える」ことなどできません。まず私自身が決して道徳的人間ではないということと、日本人が変異してしまったために歴史的な積み重ねが途絶えてしまった、と考えるのです。
私は修身教育がどうの、道徳がどうの、というむずかしいことはよくわかりませんが、この数十年の間に、日本人はそれまでの日本人とは異質のものになってしまったと思っています。
もっともらしくいうと、「恥」というものを忘れてしまった、ということです。「お天道様」や「誠」や「誇り」というものを置き去りにし、生ゴミといっしょに捨て去ってしまったのです。

表現がいささか「右翼的」かも知れませんが、私はここで左だ右だといいたいのではありません。

たとえば「英語」ひとつとっても、おそらく小手先の技術を全体像だと誤解し、ちぐはぐなことを60年間やりつづけたのでしょう。われわれが「民主主義」をはきちがえたのと同様に、英語教育やグローバル化というものをはきちがえてしまったのだと思います。

敗戦のショックはいまだ癒えていないのではないでしょうか。かつて「もはや戦後ではない」と誰かがいいましたが、「いまだ戦後である」のだと思います。

とにかく、JUNさんの新しい、というより真実をもとめる「動き」は大注目です。

投稿: 赤井川塾 | 2010年6月16日 (水) 13時45分

赤井川塾さん

レスが遅れて申し訳ありませんでした。

私が考えているグローバリズムは、現在のような経済中心(アメリカ中心といった方がいいでしょうか)のものではなく、お互いに世界の民族、文化を知ることだと思っています。世界の言語を全て習得することは不可能ですから、コミュニケーションの手段としては現段階では英語が最適だと考えています。今後もずっとそうである保証はありませんが。ただし西洋文化に偏った現代の世の中を正す必要は大いにあります。日本などはそれに「駆逐」されてしまっています。誠に愚かなことですが。また、欧米にしか目を向けない人もいます。海外に住み着いて、アイデンティティを失い、ほとんど「日本人」を捨てたような人もいることには、あきれるばかりです。日本人としてのアイデンティティを保ち続けられれば、英語を話すようになっても「日本人」であり続けると思います。

経済中心の考え方ではどうしても「得する方」と「損する方」とが生じてしまいます。つまり「勝ち組」と「負け組」です。そして英語を母語とする人たちが断然有利になってしまうのです。今の世の中がまさにそうです。それに対して文化交流の考え方のグローバリズムならば、損得は生じませんのでそれは存在しません。

それでもこの国が生き延びていくには「貿易」は必要ですから、どうしても英語を使っての交渉術が求められるのは仕方ないことだとも思います。ただし他国の人たちと商売していく中でも、相手と宗教、文化を超えた精神的な繋がりを構築していくことは重要です。その時に英語は役に立つのだと思っています。

英語を使うようになると国家が危うくなるという考え方は、私にはありません。英語を学習すればするほど、日本語の大切さ、日本語の本質を知ることもたくさんあると思うのです。私は英語を長年やってきて、日本語の方が語彙の豊かさ、奥深さ、文化性という面で遥かに優れている言語だと思うのです。ですから、英語教育以上にもっと国語教育を充実させて欲しいのですが、これもまた「受験」一辺倒なのですよね。

最後に、「英語を使わなければならない」ではなく、「英語を使ってあげるのだ」と思っていると、気が楽になります。(笑)そして英語の中に、日本人としての「心」(気配り、思いやりといったもの)を注入すれば、きっと世界の人が私たちを理解してくれて、良い交流をしていけると信じています。海外の人は、日本人が日本人らしさを失いつつあることを残念に思っています。ポール・マッカートニーもそう思っているようです。

投稿: JUN LEMON | 2010年6月16日 (水) 00時50分

なるほど。

話題がズレちゃうと思いますが…。

むかしスリランカを旅行したとき、若い人はたいてい英語を話しました。現地の友人が「およそ2年も英語を学ぶと、それなりに話せるようになる」と話してくれました。私は10年やったのにまるでダメでした。

スリランカ人の年配の人が「若者がこのまま英語を話すとスリランカの国自体がいずれ消えてしまう」と話してくれたことが印象的でした。一部の公立学校では公用語(シンハラア語・タミル語)よりも英語を重視しはじめているとのことでした。

日本人がある程度「日本人らしさ」を保っているとするならば、それは「英語教育が下手だったから」という皮肉な見方もできませんか?

知人のドイツ在住現代音楽作曲家は、日本人のことをグローバル化に乗り遅れた民族だと嘲笑します。でも、私はそもそもその「グローバル化」なるものが、じつはイマイチ理解できていないのです。

極論ですが、日本人は心の奥深くで、あるいは脳の奥底で、無意識的に英語を「遠ざけている」んじゃないか?とさえ、思うことがあります。

という無知な意見とは裏腹に、JUNさんの「英語教育革命」(勝手に名づけちゃいました…)には大いに賛同いたします。物理的な要件が許せば、私が塾生第一号になりたいくらいです!

投稿: 赤井川塾 | 2010年6月15日 (火) 09時29分

赤井川塾さん、今晩は!

日本の英語教育の最大の問題は、未だに日本語を介した授業形態をとっていることです。別に文法を教えてもいいですし、作文、読解、発音、会話、リスニングなど何を教えてもいいと思うのですが、日本語で授業をしているうちは、何をやっても身につきませんね。そして長文読解というのも結局日本語に訳してしまっていますね。このやり方では絶対に留学など無理ですし、海外で英語を使いながら仕事するのも無理です。

松本先生の学校で学んだ人たちは、みんな日本語を介さないで英語をそのまま理解しています。初めは辛いですが、そのうちその方が英語を身につけるのに近道、いやそれしかないと思うようになるのです。札幌農学校の教育がまさにそれでしたね。だから英語の達人が生まれたわけです。

現在受験の道具でしかない英語を、何とかまともな形で教える塾、学校を作りたいですねえ。

投稿: JUN LEMON | 2010年6月14日 (月) 22時22分

「しっかりした英語力を身につける塾」

JUNさん、これはすばらしいことです!すごいことです!とても感動します!既成のものを少しでも変えようとする心意気!無力ながら応援させていだきます!

それにしても、日本の英語教育の弱点は、いったい何が原因なのでしょう?

投稿: 赤井川塾 | 2010年6月14日 (月) 15時38分

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