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2010年6月10日 (木)

最近読んだビートルズ関係書籍2冊

   

久しぶりにビートルズ関係の書籍を2冊続けて読みましたので、今日はそれに関する記事を。

P1010010本のタイトルは「ビートルズとボブ・ディラン」と「ビートルズの謎」。前者は新刊で5月末に購入し、すぐに読みましたが、後者は2008年に出た本で、買ってから今まで読まずにいた本です。どちらも中山康樹さんのご著書で、中山さんのご著書はこれ以外にも何冊か読んでいましたが、今回の「ビートルズとボブ・ディラン」が一番面白かったのではないかと思います。

                                                           

ビートルズとボブ・ディランの比較論的なものは今まであまりなかったのではないかと思いますが、この本のように時系列でこの2大アーティストを追っていくと、彼らが60年代に現れるべくして現れたのだと強く感じ、彼らが出会ったことには運命的なものさえ感じてしまいます。人類の歴史で、一時期に偉大な人物が現れ、文化、芸術、宗教などが花開いていますが、20世紀においてはまさしく60年代がそのような時代だったのではないかと思われます。これはあと数十年、あるいは百年くらいたってから、改めて振り返られるのではないでしょうか。

内容に関しては書きませんが、中山さんのように丁寧に時間を追いながらビートルズとディランを振り返ってみると、お互いが存在したからこそ刺激し合い、時には反目し合って、自らの音楽を発展させたことが、はっきりと浮かび上がってきます。もしビートルズは聴くがディランは聴かない、或いはディランは聴くがビートルズは聴かないという方がいらっしゃったら、この本をお薦めします。英米の2大アーティストが出会ったことの意義を知ることができるのではないでしょうか。

もう1冊の「ビートルズの謎」ですが、こちらはかなりマニアックな内容で、今まで語られてきたビートルズに関する内容を「検証」していくものです。直接本人たちから得た情報ではなく、現時点で「事実」とされる文献をもとに検証していく方法は、私が学生時代に読んだルース・ベネディクトの「菊と刀」を彷彿とさせます。ベネディクトは日本には一度も足を運ばずに、文献とアメリカ在住の日系人からの聞き書きをもとに日本の文化を纏め上げています。

私自身はかなり面白く読むことができたのですが、「ちょっと待てよ!」と思う内容もありました。特に気になった箇所について少々引用させて頂きながら、私の見解を述べさせ頂きます。

「いつ何が起きてもおかしくない状況だった。『アビー・ロード』のセッションが終盤(推定8月中旬~下旬)を迎えたある日の夕方、それは起きた。事件とは、『アビー・ロード』のセッション中にポールが脱退、ジョンがポールをなだめ、セッション、あるいはビートルズに復帰するように説得した出来事を指す。(中略)つまり定説の「ジョンが最初に抜けた」の根拠とされる9月13日ならびに20日のはるか以前にポールは事実上、脱退していた。(中略)ポールが涙をためながらスタジオを飛び出し、怒ったジョンがポールの自宅の塀を登り、大声で叫ぶ。」

このような内容で、イギリスの雑誌『MOJO』に掲載されたアップル・スクラッフス(当時ビートルズの「追っかけ」をしていた女の子たちのこと)撮影の写真と話をもとに、『アビー・ロード』セッション終盤にポールがビートルズを脱退していたのではないかということなのですが、私はその雑誌を持っていましたので写真を見たところ、大きな疑問点が浮かび上がりました。

P1010008この写真ですが、果たしてこれが8月中旬~下旬のロンドンの写真でしょうか?ジョンは映画『レット・イット・ビー』で着ていたかなり暖かそうなコートを着ていますし、あまりヒゲを生やしていません。(8月8日のアルバム『アビーロード』の写真や8月22日の最後のフォト・セッションではジョンはかなり長いヒゲを生やしています)この写真はおそらく映画『レット・イット・ビー』撮影の頃のもので、所謂「ゲット・バック・セッション」時のアップル・スタジオに移った頃のものだと思うのです。ジョンが着ている物やヒゲだけをみてもまず間違いないと思われますし、写真のアップル・スクラッフスの姿をみても、「夏の夕刻」には見えません。ロンドンの気候に関して詳しくないのですが、8月でこんな格好はしないと思います。ずばり、この写真は「冬」です!恐らくアップル・スクラッフスの記憶違いか、『ゲット・バック・セッション』を誤って『アビーロード・セッション』と言ってしまったのではないでしょうか。さらに、ポールが「ビートルズを脱退した」という証拠は無いような気がします。何かが起きたのは確かだと思いますが、「脱退」したとまでは言えないのでは?

以上の点に関して、疑問に思いましたので、少々書いてみました。皆様のご意見をお待ちしております。できることならば、中山康樹さんからご意見を伺いたいのですが、こんなちっぽけなブログ、ご覧頂いてないでしょうね。(笑)

一点だけ疑問点を提出させて頂きましたが、それ以外では中山康樹さんの「検証」は素晴らしく、海外にもこれほど正確に事実をまとめている人はいないのではないでしょうか。ビートルズに関して真実を無視して本を書くことが昔は多かった(正確な情報が少なかったせいもあります)ですが、ビートルズの本を出すならばある程度事実に基づいて書くことは絶対に必要です。そうでなければ、「虚偽」か「幻想」のビートルズになってしまいますので。

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コメント

ノーバッドさん

ここにあげた2冊はなかなか面白いです。私は「ビートルズとボブ・ディラン」の方が気に入りました。

投稿: JUN LEMON | 2010年6月11日 (金) 17時42分

はい。ディランは聴きません (^_^)v

「ビートルズの謎」読んでみたいですね。

投稿: ノーバッド | 2010年6月11日 (金) 17時07分

赤井川塾さん

いろいろな掲示板では、相手を煽ることが当たり前になっていますので、あまりそれに乗らないようにしたほうがいいと思います。ただおもしろがっているだけですので。

よくビートルズはボブ・ディランをパクっていると言われますが、それはディランも同じです。最近、ジョニ・ミッチェルは「ボブ・ディランはパクってばかり」と批判をしていました。2,3年前でしたか、日本人が書いた文章を彼がパクって問題になったこともありました。

投稿: JUN LEMON | 2010年6月10日 (木) 11時19分

JTさん、今日は!

私も「ビートルズの謎」を読んでいたときは、白黒で小さな写真でしたのではっきりとは分かりませんでしたが、雑誌を取り出して見てみたらこのとおりでした。ジョンがポールの家の塀によじ登っている写真ではさらに服装がアップで見ることが出来ます。

映画「レット・イット・ビー」の頃であれば仲違いは日常茶飯事だったので、ポールが孤立して飛び出ることもあったのではないかと推測されます。このあと「アビーロード」の製作をポールが呼びかけるわけですので、「脱退」という表現はあたらないのではないかと思うのですが。

投稿: JUN LEMON | 2010年6月10日 (木) 11時13分

JUNさん、おはようございます。

ちょうどいま「ボブ・ディラン>ビートルズ」という式をふりかざす人に、ある掲示板で「宣戦布告」されたばかりでした。この本を薦めてみます。ネットの世界を知るまではまったく気になりませんでしたが、意外な暴論でビートルズのことを悪く言う人って、けっこう多いですね…かなりビックリしてます。

『ビートルズの謎』…前々から気になっていました。ちらっと立ち読みもさせてもらいました。たしかにおもしろそうでした。

投稿: 赤井川塾 | 2010年6月10日 (木) 09時09分

ごぶさたしております、JTです。

「ビートルズの謎」では、ポールの家の前の写真が白黒で不鮮明でしたが、確かにこのカラー写真でみると「ゲット・バック・セッション」の頃に見えますね。

アップル・スタジオとポールの家は、ちょっと離れているので、アップル・スクラッフスたちはずっとポールの家の前にいたのでしょうね。

他の写真でジョンはポールの家の塀によじ登っていたのでやはり「何か」あったのでしょうね。

投稿: JT | 2010年6月10日 (木) 07時37分

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