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2010年1月19日 (火)

小林繁投手の思い出

Photo元巨人、阪神の投手、小林繁さんが亡くなりました。ネット上では彼と江川卓さんのいわゆる「空白の1日」に関しての記事が沢山出ていますので、ここではその前の、巨人の「小林投手」の思い出を綴ろうと思います。

小林投手を初めて見たのは、1973年の10月、ペナント・レース終盤の、後楽園球場での巨人・阪神戦でした。その試合を落としたら巨人がV9を逸するという状況で、序盤は巨人が大量にリードされ、敗戦濃厚という試合経過でした。その後、物凄い勢いで巨人が追い上げ、確か一時は逆転したと思います。そしてその後また同点となったところで、あまり1軍マウンドの経験が多くない小林投手の登板となりました。総力戦となり、もう巨人には小林投手と他に1人か2人くらいの投手しか残されていなかったと記憶しています。殆ど「新人」の小林投手が何とか投げぬき、結局引き分けで終わりました。(その後阪神が中日に敗れ、最終戦では巨人に敗れて、巨人のV9達成となったわけです)こんなとても大事な試合に新人同然のまだ若い、見るからにヒョロヒョロの投手がマウンドに立つのを見て、ハラハラしていた巨人ファンは多かったのでは。投げ終わった彼はベンチに戻るや否や、ベンチにドカッと腰掛け、大きく深呼吸をしていました。このシーンはとても印象的だったのでよく憶えています。

その後、長島ジャイアンツのローテーション投手として活躍するわけですが、当時の雑誌「月刊ジャイアンツ」に載っていた記事に、こんな内容のものがありました。(正確ではありませんが、こんな感じだったと思います)

「投手とは、試合中少し楽になりたい、楽して投げようと思って一度緊張がとけてしまうと、なかなかもとの緊張感を取り戻して、しっかり投げることができなくなってしまうものだ」

73年のペナント・レース終盤での登板経験があったからこそ、この発言が生まれたのではないでしょうか。その後、「江川問題」で阪神にトレードされた1年目の小林投手は、巨人に1つも負けることなく8連勝で、その年22勝をあげて最多勝、そして沢村賞も受賞します。ヒョロヒョロだった最初の印象から全く違った、球界のエースの姿がそこにありました。

小林繁さんのご冥福をお祈り致します。

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コメント

広島市民球場における勇気のある行動(笑)に感服いたしました。それにしても、この頃の野球は見るのが楽しかったですね。

投稿: JUN LEMON | 2010年1月24日 (日) 18時40分

JUNさん

>広島なのに巨人ファン

そうなんです。前年カープは初優勝、巨人は最下位だったのでクラスで肩身の狭い思いをしました(笑)
まだ子供だったので球場にはお袋が連れて行ってくれていつも三塁側で二人で応援してました。私がホイッスル吹いて三三七拍子までやってたら「坊主いい度胸してるなぁ」と言われたこともありました(^^;)
当時の広島市民球場は9割以上カープファンで固められていたので確かに目立ちますよねぇ。後でうちの親父から聞いたんですが、ラジオの実況放送で「三塁側に熱狂的な巨人ファンの少年がいますね」と言われた事もあったそうです。
でも優勝の日は東京から巨人の私設応援団の人達が駆けつけてくれたので心強かったですね。

>前年に広島が後楽園球場で優勝

何とカープファンの親父はその試合を観に行ってるんです。まぁ親子揃って(笑)

>小林選手のサインは今でもお持ちですか?

あー、説明不足でした。もらったのはお袋です。長い間飾ってたのは覚えてます。今度まだ持ってるかどうか聞いてみますね。

投稿: evergreen | 2010年1月23日 (土) 03時25分

えっ!evergreenさんは広島なのに巨人ファンだったのですか?

長島巨人が初優勝したあのシーンを、私もよく憶えています。たしか1976年のシーズン最終戦でしたよね。前年に広島が後楽園球場で優勝したのを見せ付けられた巨人の選手にしてみれば、リベンジだったわけですね。懐かしいです。

その小林選手のサインは今でもお持ちですか?


投稿: JUN LEMON | 2010年1月23日 (土) 00時02分

JUNさんどうもお久しぶりです。

'76年10月16日、巨人が広島市民球場でリーグ優勝を決めた瞬間に立ち会いました。小林投手が最後の打者をサードファールフライに打ち取りウイニング投手となったのですが、当時小学生だった私は長嶋巨人の初優勝に大感激でわんわん泣きました。居てもたってもいられなくなり、一緒に観に来ていたお袋と試合終了後に巨人の宿舎の東急インに駆けつけました(お袋も巨人ファンで、一番好きなのは小林投手でした)。宿舎に着くとちょうど送迎バスが到着していて、祝勝会前の選手達が集まっていました。そこで小林投手を見つけ二人で駆け寄り、労いの言葉をかけたのです。試合直後なのでサインをねだるのは自重していたのですが、小林投手の方から「サイン?いいよ」と言ってくれて色紙にサインをしてもらいました。疲れている筈なのにファンに対して気遣いしてくれた小林投手に感謝しました。振り返ればあの年が私の人生の中でも一番プロ野球に対して熱い時だったと思います。
ご冥福をお祈りします。お袋も大変残念がっていました。

投稿: evergreen | 2010年1月22日 (金) 11時12分

赤井川塾さん、今日は。

小林投手のフォーム、本当に独特でしたね。

江川事件の時、「同情はされたくない」ときっぱり言って巨人を去り、マウンドでしっかり自分の力を示した小林投手は、やはり格好良かったですね。

投稿: JUN LEMON | 2010年1月20日 (水) 11時32分

独特の投球フォーム。
子ども時代、よくモノマネしたものです。

ご冥福を。

投稿: 赤井川塾 | 2010年1月20日 (水) 00時51分

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