« Royal Command Performance | トップページ | ポールの新曲“(I Want To) Come Home”のプロモCD-R »

2009年11月12日 (木)

追悼 森繁久彌

また偉大なアーティストがひとり、この世を去ってしまいました。

私が歌手・森繁久彌を知ったのは昭和37年の暮れ、NHK紅白歌合戦の時で、まだ幼少だった私は無邪気に「白組頑張れ~っ!森繁、思いっきり歌ってくれ~っ!」と言うと、父親が「森繁はそんな歌い方はしない。ゆっくり、しみじみと歌う」と語りました。実際に森繁が登場して歌った時はそのとおりでした。このとき歌われたのが『知床旅情』。私がビートルズ以前に出会った「心を歌う」歌手でした。

俳優・森繁久彌を知ったのは、その翌々年昭和39年のTVドラマ『七人の孫』でです。まだ50代だった彼は70代の祖父役を演じていました。松山英太郎やいしだあゆみなどが孫役として、そして当時まだ悠木千帆と言っていた希木樹林がお手伝いさん役として出演していました(当時まだ若く、田舎出身の可愛らしいお手伝いさんという感じでした。実際には彼女は東京神田の生まれですが)。出演者ひとりひとりの個性がよく表れた番組でしたが、その中で森繁は別格でした。この番組はTVにおける家族ドラマのはしりだったと思います。

このドラマの主題曲として、「歌手」森繁が歌う『人生讃歌』は、当時8才だった私にも、強く心に響く歌でした。森繁自作の詩と語るような歌い方がそうさせたのだと思います。次のURLでお聴きください。

http://www.youtube.com/watch?v=CUg5KRf3tM4

そして昭和45年、彼の『知床旅情』が加藤登紀子の歌によって大ヒットしました。当時は森繁よりも加藤登紀子の歌の方が好きだったのですが、今聴いてみると、森繁の表現力は本当にすごいと思います。

それ以外の森繁の映画、舞台、朗読などでの活躍は多くの人が知るところです。イギリスのアニメ『風が吹く時』は、核戦争を扱ったものでしたが、吹き替えの森繁と加藤治子がすばらしく、中学校の道徳教材としても使用しました。そして『葉っぱのフレディ』も、心に響く、忘れられない朗読でした。

演劇はいろいろな方が語っていると思いますので、ここでは割愛させていただきますが、俳優、歌手として、現代の日本人に豊かな心を育んでくれた、偉大な森繁久彌のご冥福を、心よりお祈りいたしたます。

|

« Royal Command Performance | トップページ | ポールの新曲“(I Want To) Come Home”のプロモCD-R »

コメント

hiroumiさん、コメントありがとうございます。

森繁のように長寿であることは、反面多くの親しい人、愛する人たちの死を見ていかなければならないということにもなるのだと思います。どんなに辛かったことでしょう。

それでも96歳まで生き続け、この『人生讃歌』という歌の言葉どおり、「人生はいいものだ」という信念をもって天寿を全うしたのだと思っています。人間味溢れる森繁久弥のご冥福をお祈りしたいです。

投稿: JUN LEMON | 2009年11月15日 (日) 00時59分

森繁さんは自分が物心ついたときからおじいさんでした。

俳優が亡くなるとよくコメントをしていましたが、
松山英太郎が亡くなったとき、ワイドショーのレポーターを前に開口一番
「愚かな質問だけはしないでくれ」と言ってました。

愚かな質問とはたぶん
「今、どういうお気持ちですか?」などの類なんだろうと思いましたが、
まだまだ活躍できる後輩が亡くなってしまった
無念さがテレビの画面を通じて伝わってきました。

また昭和が遠くなった気がします。

投稿: hiroumi | 2009年11月14日 (土) 22時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/91151/32185955

この記事へのトラックバック一覧です: 追悼 森繁久彌:

« Royal Command Performance | トップページ | ポールの新曲“(I Want To) Come Home”のプロモCD-R »