« 村治佳織「ポートレイツ」 | トップページ | ますます危険な状況 »

2009年10月18日 (日)

悲しくてやりきれない

加藤和彦が亡くなったというニュースを聞いて「悲しくてやりきれない」中、いろいろな思い出がよみがえりました。

Photo私が漫画関係以外のレコードで初めて買ったレコードはフォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」でした。当時小学校5年生だった私は、このレコードが「売り切れ店続出」というニュースを聞いていたので(当時280万枚売れたと聞いています)、何とかして欲しいと思っていたのですが、たまたま家族で浅草へ遊びに行っていた時に、あるレコード店の前で「『帰って来たヨッパライ』入荷しました」という貼り紙を見て、購入したわけです。それから毎日のようにこのレコードを聴いていましたが、「この歌は回転数を上げて歌われているから、45回転のところを33回転にすれば、普通の声で聴こえるのでは?」と考え、愚かにも実際にやってみたりもしました。(実際には、思惑どおりにはなりませんでしたが)

この曲の終わりのあたりで、お経の一部として「It's been a hard day's night.  It's been a hard day's night.」と繰り返し唱えられるのですが、まだビートルズ・ファンではなかった私は全くそんなことは気づかず、本当にお経の一節だと思っていました。それが分かったのはだいぶあとになってからのことです。

「帰って来たヨッパライ」

http://www.youtube.com/watch?v=6-O24msoOac&hl=ja

この「帰って来たヨッパライ」のようにテープをいじったり、「ハード・デイズ・ナイト」の一節を入れたりするのには、当時いかにフォーク・クルセダーズがビートルズから影響を受けていたかが伺われます。そしてその後も「イムジン河」が発売中止になった時、そのテープを逆回転させて「悲しくてやりきれない」を作ったというエピソードもあります。さらに加藤和彦はフォークル解散後、サディスティック・ミカ・バンドのアルバムの製作をホワイト・アルバムのエンジニアだったクリス・トーマスに託したりしています。

軽井沢のホテルで一昨日自殺したということですが、加藤和彦にとって軽井沢はかつての妻、安井かずみとの思い出深き場所だったようです。二人でよくテニスをしていたとのこと...。

今日は加藤和彦の作曲による、ベッツィ&クリスの「花のように」、フォークルの「青年は荒野をめざす」、「悲しくてやりきれない」などを聴きながら過ごしましたが、心にしみました。ひとつの時代の終わりを感じたからだと思います。ちょうどジョン・レノンが死んだ時と同じように。

悲しくてやりきれない...。

 

ベッツィ&クリス「花のように」

http://www.youtube.com/watch?v=enK7riWz3Co

フォーク・クルセダーズ「悲しくてやりきれない」

http://www.youtube.com/watch?v=hfzxpHnIRis

|

« 村治佳織「ポートレイツ」 | トップページ | ますます危険な状況 »

コメント

加藤和彦さんのご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り致します。
加藤さんが自ら命を絶たれるとは未だに信じられません。精神科医である同僚の北山修さんも計り知れないほどのショックを受けられていることでしょう。
私も初めて購入したシングル盤はフォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」で、初めて購入したLPも彼らの1st『紀元貮阡年』でした。
兄の影響でこの頃既にビートルズの音楽を耳にすることがあったので、「It's been a hard day's nights」をエンディングで繰り返すとは面白いなと思って聴いていました。その後、アルバム『紀元貮阡年』を購入し、ジャケットの内側に満面の笑みで『ホワイト・アルバム』を抱きかかえている北山修さんの写真が掲載されていたことからこの人たちがビートルズ・ファンであることを認識した次第です。

投稿: Backstreets | 2009年10月18日 (日) 20時41分

Backstreetsさん、今晩は。

フォークルはフォーク・グループという枠組みでははかることの出来ない、いろいろなことをどんどんやっていた音楽集団でしたね。もちろんその中心は加藤和彦さんでした。日本の音楽界に対する功績は、泉谷しげるのブログを読むと、大変なものだったということがわかります。

昔よく「日本のビートルズは誰だ」という特集が雑誌などでありましたが、私はフォークルをあげます。

これからもっと日本の音楽のために活躍していただきたかったのですが...。

投稿: JUN LEMON | 2009年10月18日 (日) 21時19分

初めて音楽に興味を持ち目覚めさせてくれたのがフォークル・加藤和彦でした。
自分で楽しみながら音楽を作るというのはそのままビートルズの姿勢であることに後で気付きました。僕たちに音楽で生きる楽しさを教えてくれた加藤和彦が自ら命を絶つなんて信じられません。人とは弱い生き物ですね。

投稿: taishiho | 2009年10月19日 (月) 18時18分

taishihoさん、コメントありがとうございます。

taishihoさんと同じように、フォークルは、まだビートルズを知らなかった自分に音楽を聴くことの楽しみを教えてくれました。

加藤和彦が命を絶つなんて誰も想像しなかったのではないかと思います。未だに信じられませんが。

私はどうしてもミカ・バンドよりもフォークルの方が好きなので、これから数日は思い出に浸りながら聴き続けます。よくビートルズやフォークルなどの60年代の曲に対して「懐古趣味」なんていう人がいますが(実際に以前このブログにもそう書き込んだ女性がいました)、本物の「音楽」というものを何もわかっていないのではないかと思っています。

投稿: JUN LEMON | 2009年10月20日 (火) 00時43分

加藤和彦さんの訃報、びっくりしました。
70年代にイギリスに渡り、ツアーまで行ったなんて素晴らしいことです。
個人的にはソロになってからの「ベル・エキセントリック」がお気に入りでした。
もっともっと評価されていいミュージシャンだと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

投稿: 松枝 | 2009年10月20日 (火) 06時21分

松枝さん、コメントありがとうございます。

何故か日本ではロック、フォークなどの音楽出身者では、その後どんなに音楽界に貢献しても評価されない人が殆どですね。海外では多くのミュージシャンやプロデューサーが大きな賞を受賞したり、称号を授与されたりしているのにです。加藤和彦さんは国民栄誉賞を貰ってもいいくらいだと思いますが。

投稿: JUN LEMON | 2009年10月22日 (木) 22時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/91151/31836809

この記事へのトラックバック一覧です: 悲しくてやりきれない:

« 村治佳織「ポートレイツ」 | トップページ | ますます危険な状況 »