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2009年4月15日 (水)

船村徹とビートルズ

47年前の今頃は、ブライアン・エプスタインがビートルズのデモ・テープを持って、レコード会社に売り込んでいた時期だったと記憶しています。そしてビートルズがParlophoneのオーディションを受けたのが1962年6月6日。そのオーディションに立ち会った日本人がいました。

コアなファンならばご存知のことだと思いますが、作曲家・船村徹は、2002年5月22日付の日本経済新聞の「私の履歴書」でこう語っています。

「私(船村徹)を招待してくれたロンドンのEMI本社を訪ねたときのことだった。新人のオーディションをやっており『のぞいてみないか』と誘われた。三、四組のグループが次々に自作の曲を披露する。担当者は私に『気に入ったグループはいたか』と聞いたが、私はどれもぴんとこなかった。『あの汚いグループは面白いと思ったが』と言葉を濁した。彼らが『ザ・ビートルズ』という名前だとは知らなかった。」

マーク・ルーイソンの『レコーディング・セッション』には、ビートルズとともにオーディションを受けたグループがあったとは書かれていませんが、船村徹は後にビートルズがブレイクしたときに、「あっ、あのグループだ!」とすぐ気が付いたとのことですので、間違いないでしょう。もしかしたら、オーディションというより正規のレコーディングだったのかもしれませんが。

それにしても、これが事実だとすると、初めてビートルズに会った日本人は船村徹ということになるのかもしれませんね。デビュー前にビートルズのライブを見たことがある日本人がいるとは思えませんので。

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