旧友との再会
サイモンとガーファンクルの曲で“OLD FRIENDS”というのがあります。「旧友」という日本語のタイトルがついていますが、この曲を聴いたとき、「自分もいつかこんな心境になるのだろうか」と思ったものです。
年老いた友人同士 旧くからの友人同士
ブックエンドのように公園のベンチにすわっている
芝生から吹き飛ばされてきた新聞紙が 年老いた老人たちの底の厚い靴の爪先に落ちる
(中略)
今から何年も先 ひっそりと公園のベンチにすわる僕たちの姿を想像できるかい?
70歳になったら どんな妙な気がすることだろう
年老いた友人同士 思い出がかすめる同じ歳月をともに生き
今はひっそりと同じ不安を分かち合う
自分にとって「70歳」というとあと18年。いったいどんなジジイになっているのだろう。果たしてそれまで生きているのだろうか?生きていたら、その時、「旧友」と呼べる友も健在だろうか?昨日、そんなことを考えていました。
昨日、小学校、中学校時代の短い期間に一緒に野球をやっていた親友M君と再会。千葉から転校して、東京の目黒で学校生活を送っていた時、気軽に話しかけてきてくれたのがM君。そして短い間に数々の思い出をつくることができたのも、彼のお蔭。当時、私の母親が「お前にとって良い友達はN君とM君だね」と言っていました。母には何も言わなかったのに、自分を苛めているクラスメートがいるのを母は見抜いていました。そして私にとって親友になりそうな2人も見抜いていたのでした。そのひとりのM君と昨日再会して、親友とは、付き合っていた長さではなく、どれくらい多くの良い思い出を共有できたかによるのだということを確認できました。自分には「友」と呼べる人は少ないのですが。M君はまさに私の親友。彼がどのように思っていてくれるかはわかりませんが。
お互いに少し年をとった顔を見つめながら、ビールを飲んで、豆腐料理を食べながら過ごした3時間。本当に楽しかった!40年前にタイム・スリップできました。サイモンとガーファンクルの曲とはだいぶ違うと感じました。(70歳になったらわからないですが)ノスタルジーとは違う、大切な「思い出」を共有している友の存在は、生きていく上で大きなものではないかと思います。たった3時間の再会の時間中に、自分の脳が40年前の数々の思い出をよみがえらせていくのを感じました。
YouTubeの“OLD FRIENDS”はこちらへ。
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