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2008年1月

2008年1月30日 (水)

リンゴ・スターのインタビュー(小林克也のオールナイト・ニッポン)

Rimg2608 この間の日曜日、今は空き家となった「実家」に行き、掃除をしていたら、左の写真のカセット・テープが出てきました。1973年12月の「小林克也のオールナイト・ニッポン リンゴ・スター国際電話インタビュー」です。つまり35年前のラジオ放送のテープ。音はあまりよくなかったのですが、本当に懐しかったですね。「みなさん、どうですかこの声!」とリンゴを紹介する小林克也さんの声が若い!リンゴも結構親切にインタビューに答えていて、クリスマス・メッセージのあと、その年の大ヒット曲“Photograph”を紹介します。そしてアルバム“RINGO”のこと、ジョージのニューアルバム(DARK HORSE)に参加中であること、ビートルズの再結成のこと(「今出ているのは単なる噂にすぎないが、一緒にやる可能性はある」と述べている)などを答えていました。

この頃、小林克也さんに憧れていて、彼の最後のオールナイト・ニッポンを聞いていたら、何とリンゴにインタビュー!!びっくりしましたね。(番組内で「最後の放送で、小林克也からの心からのクリスマス・プレゼントです」と言っていました。かっこいいなあ!)例によって流暢な英語で、リンゴを相手に堂々とインタビューしていた小林克也さん。ますます彼みたいなDJになりたいと思った高校2年生の冬でした。「堂々と」と書きましたが、帰国子女や長年海外に住んでいた日本人を除いて、これほど堂々と流暢に英語を話せる人はそれほど多くはないのではないかと思います。

それで思い出したのですが、93年頃でしたでしょうか、夜中にTVを見ていると、ポールが出てきて、ある日本人のインタビューを受けているのです。その日本人の英語は、何か前もって暗記したような感じで、英語の音になっていない。話し方がたどたどしく、挙句の果てにはポールにおちょくられる始末。(おちょくられた本人は気づいてないかもしれませんが)いやあ、ひどいもんでした。通訳でも雇えばいいのにと思ったほどです。小林克也さんを10としたら、その人は0.5くらいですかね。

今日、当時ほとんど聞き取れなかったこのインタビューを今聞いてみて、すべて聞き取れたのは、35年という歳月が流れたからなのだと、しみじみ感じました。

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2008年1月24日 (木)

THE BACK SEAT OF MY CAR

Rimg2590Rimg2592  今日は突然、ポールの“THE BACK SEAT OF MY CAR”を聴きました。何故か突然聴きたくなったのですが、どうせ聴くならいい音で聴きたいと思い、UKのシングル盤を引っ張り出して来ました。(やっぱりいい音でした!)この曲はアルバム“RAM”の最後の曲ですが、日本ではシングルカットされず、代わりに“EAT AT HOME”がシングル発売されてましたね。“THE BACK SEAT~”の方が日本人好みの曲だと思うのですが...。(アメリカでは“Uncle Albert/Admiral Halsey”がシングルカット)

Rimg2593Rimg2596  中学3年の受験を控えた1971年の夏、私は“RAM”を聴きまくっていました。時間がない時は、この“THE BACK SEAT~”だけ聴いてましたが、いつも「うーん、名曲だ!」と思っていました。“RAM”を私から借りた友人は、この曲の凄さがわからなかった様子で、「いい曲は“Uncle Albert”1曲じゃん」などとほざいていました。

Rimg2598Rimg2602  この曲の“We believe that we can't be wrong”という所が結構速くて難しいのですが、毎日レコードにあわせて歌った結果、しっかり歌えるようになったのです。受験勉強をやっている友人を横目で見て、自分は着実に“ビートルズ英語道”を突き進んでいたのでした。(笑) ついでに、中学では習わないcan'tの別の意味(~のはずがない)を覚えることもできました。英語の勉強法ってこんな形でいいのではないかと、時々思ってしまいます。今の学生の方々に参考になればと思います。(映画を教材にしても同じように勉強できますね)

今日は大好きなポールの名曲“THE BACK SEAT OF MY CAR”を、UKシングル盤のレーベル・ヴァリエーションを紹介しながら、語ってみました。この曲が好きな方、どうぞコメントをお願いします!(因みにイギリスでのヒットチャートでは39位が最高だったようです)

明日から京都へ出張なので、コメントへのレスポンスが遅れるかと思いますが、よろしくお願いします。(京都寒いだろうなあ)

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2008年1月22日 (火)

ビートルズのSP盤

Indian_love_me_do_2Indian_ps_i_love_you_2 ビートルズのレコードの中でも、レア中のレアがこの78回転のSP盤です。日本では1960年にSP盤の生産が中止となっていますので、ビートルズの日本盤は存在しないのですが、インド、フィリピン、アルゼンチンではまだ製作されていました。上の写真はインドのSP盤“LOVE ME DO/P.S. I LOVE YOU”です。なんともこのレーベルがレトロでいいですね。

Indian_sleeve インド盤のスリーブはこんな感じです。これまたレトロ!

       

    

Lovemedo  フィリピンのSP盤は赤レーベルのパーロフォンと黒地にイエローパーロフLovemedo2ォンの2種類がありますが、左のものは赤レーベルの“LOVE ME DO/P.S. I LOVE YOU”です。

       

Love_me_do_78rpm_uk_acetate以前オークションで、左のような UK・EMIの“LOVE ME DO”SP盤アセテートが出品されていました。フェイクでなければ、超レアな一枚ですね。

       

 次のURLのブログに、各国のビートルズのSP盤が紹介されています。

http://blogs.yahoo.co.jp/h_komoda/3831214.html

Rimg2580Rimg2585  最後に、SP盤の珍盤を紹介。レーベルにはレノン=マッカートニーのクレジットが全くないのに、インド人の歌手がヒンドゥ語で歌っているのはまぎれもなく“I WANT TO HOLD YOUR HAND”。ヒンドゥ語の「抱きしめたい」カバーバージョン、思わず笑ってしまいました。これからうちに遊びに来た人には、必ずこのレコードを聴いてもらうことにします。(爆)

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2008年1月19日 (土)

ジョージ最期のライブ・パフォーマンス

Rimg2570  「ジョージ最期のライブ・パフォーマンスは?」と訊かれて、「1992年のロンドンでの労働党支援コンサート」と答える人が結構多いかもしれません。(Wikipediaにもそう書かれています)実際にはそれよりもあとに「ボブ・ディラン現役30周年記念コンサート」に出演して“If Not For You”と“Absolutely Sweet Marie”を演っています。

Rimg2579 実は私はかなり前から、このレコードと映像を手に入れようとしていたのですが、延び延びになっていて、最近ようやく手に入れました。アナログの方はしっかりプレミアがついていました。LDは40ドルくらいで買えました。今DVDでも出ていないので、LDを購入したのですが、思ったより画像が良くないのですね。それでも内容が素晴らしいので我慢しました。

Rimg2572  このコンサートは1992年10月に行われていますので、「労働党支援コンサート」よりも半年くらい後になり、ジョージ最期のステージとなったわけです。その意味でも、アナログ、映像の両方を手に入れるべく、全力をあげました。(笑)

Rimg2577_2Rimg2576_2 このコンサートも凄いアーティストが出演しています。John Mellencamp, Stevie Wonder, Lou Reed, Tracy Chapman, Johnny Cash, Willie Nelson, Kris Kristofferson, Johnny Winter, Ron Wood, Neil Young, Chrissie Hynde, The O'Jays, The Band, Tom Petty, Roger McGuinn, そしてEric Claptonと George Harrison。さすがにボブ・ディランのお祝いコンサートとなるとこれだけのスーパースター達が集まるのですね。パフォーマンスはNeil YoungとEric Claptonの演奏が際立っていたと思います。ジョージは前述の2曲を歌っていますが、アナログとLDに収録されているのは“Absolutely Sweet Marie”のみ。それでも“If Not For You”の映像は存在していて、YouTubeで見ることができます。以下のURLで。

  http://www.youtube.com/watch?v=9374d_HBiSc&feature=related

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2008年1月16日 (水)

80年のポール逮捕、ウィングス公演中止から28年

Rimg2567 28年前の今日1月16日は、私の人生の中でもっともふてくされていた日でしょう。TVで夜のニュースを見ていたら、「ポール・マッカート二ー大麻所持で逮捕!」の見出しで、成田に着いたばかりのポールと家族の映像が流されていました。「馬鹿野郎!何てことするんだよお!」と思わず叫んでしまいました。1ヶ月前の12月16日に徹夜で並んでチケットを買って、人生で初の「生ビートル」を見る予定だったのが、夢と消えてしまった瞬間でした。別の言い方をすれば、元気一杯に屋根の上へと梯子をのぼっていったら、のぼりきった瞬間にそれをはずされてしまったというような感じです。

Rimg2568Rimg2569 今日、当時のものを探してみたのですが、17日のスポーツ新聞が引越しの時にどこかにしまったまま、見つからずじまい。代わりにウドーで買ったパンフの中から、朝日新聞のチケット発売予告広告がスルリと抜け落ちて来ました。そしてそれと一緒に、払い戻しをしてしまったチケットのコピーが出て来ました。今から思えば、絶対に払い戻してもらわずにそのままとっておけばよかったと後悔しています。当時はまだ「普通の」ファンだったのですね。(笑)

それから毎日というもの、TVから流れて来るポールのニュースを「虚ろな」目で見ていました。心の中で「もうこれで、絶対にポールを日本で見ることはできないな」と思いながら。

 Rimg2565

左の写真は成田空港からイギリスへ強制送還されるポール。本邦初公開でございます。(Special thanks to “O”san!)

 

 この1980年という年は、ビートルズ・ファンにとっては悪夢のような年で、年の初めに「ポールの逮捕、日本公演中止」、そして年の暮れには「ジョンの死」という、悲劇で始まり悲劇で終わった1年でした。

ポールの逮捕、公演中止当時の思い出がある方からのコメントをお待ちしております。

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2008年1月10日 (木)

GET BACK SESSION

39年前の今頃、ビートルズは“GET BACK SESSION”を行っていました。セッション中、映画“LET IT BE”の撮影が同時進行で行われ、ポールとジョージがこの中で、激しい口論をしています。以下のURLで見ることができます。

http://www.youtube.com/watch?v=D7t_YlUl1PI

中学生の時、初めてこの映画を東京銀座の映画館で見たのですが、この口論のシーンはいささかショックでしたね。大好きなジョージが引き下がって(半分不貞腐れて)しまうのですが、この頃はポールも好きだったので、とても悲しい思いをしました。「こんな感じでビートルズは解散へ向かっていったのだな」と子供心に思ったものです。

できれば、ジョージが生きている間に、この“LET IT BE”のDVDが出て欲しかったです。当時の話も聞けたでしょうから。まだリリースされていませんが、一体いつになるのかな?初上映から40周年となる2年後でしょうか?

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2008年1月 8日 (火)

BIRTHDAY

今日は自分の○回目の誕生日。ちょっと中途半端な年齢です。○にはイチローの背番号が入ります。

去年も書いたかもしれませんが、同じ誕生日の人物はエルヴィス・プレスリー、デヴィッド・ボウイ、南佳孝、森英恵、徳川綱吉、田尾安志、ロンブーの亮、そして大嫌いな小泉純一郎。

20代や30代の頃は自分が今の年齢になるなんて思ってもみなかったのですが、年齢を重ねてもビートルズを愛し続けていることは、ひとつの誇りでもあるのです。これからもこれだけは変わることはないでしょう。

春にこのブログで紹介した竹内まりやの「人生の扉」は、今の気持ちを代弁してくれている歌です。あの歌の詩は、この年齢にならなければ本当には理解できないのではないかな。

中学生の頃は、「50歳まで生きればそれで終わりでいいな」なんて思っていましたが、今ではポールが歌った「64歳」まで生きることが目標ですね。その時、“When I'm Sixty-four”を聴いてみたら、どんな気持ちになるだろう。

残業を終えて、ブログを書いていたら、誕生日が過ぎてしまいました。

Rimg2557Rimg2558  最後にわけもなく、イチローのメジャーリーグ記録、1シーズン262本のヒットを打った記念のサインボールの写真を載せました。

PS 愛犬ぺぺが何故か吠えまくっていたのですが、そうそう、私と誕生日が一緒でした。忘れておりました。(ゴメン)12歳になりました。

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2008年1月 6日 (日)

Yellow ParlophoneレーベルのWhite Album

Rimg2191Rimg2552  ビートルズの会社Appleの設立によって、レコードはWhite AlbumからAppleレーベルになるわけですが、実はUK盤でもEXPORT(輸出)盤はYellow Parlophoneレーベルのままです。これは、輸出先の国(フィリピンやポルトガルなど)でまだYellow Parlophoneレーベルが使われていたためです。実際に私もこのEXPORT盤をポルトガル人から買いました。日本では30万円とか40万円といった価格になってしまいますが、ミント状態のものを望むのでなければ、1000~1500ドル程度で購入できると思います。EXPORT盤は今後も値段が下がることはないと思われますので、海外のオークションなどで購入できる時に購入しておいた方がいいでしょう。EXPORT盤の目玉は1969年に発売されたYellow SubmarineのOdeonレーベルですが、これは後日紹介することにします。

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2008年1月 3日 (木)

WHITE ALBUMの固有ナンバー

Rimg2188Rimg2189WHITE ALBUMで誰もが話題にするのが「固有ナンバー」。一桁は関係者に配られ、オークションに出るととんでもない金額になります。四桁くらいでもオリジナルUK盤(アナログ)は高値になります。私のコレクションではUK盤は五桁ですが、日本盤は左の写真のように四桁の3000番台です。中古レコード店で見つけました。これからも日本盤ならば、この程度のものは中古店で見つかるのではないでしょうか。

Rimg2179 10年前に発売された30周年記念CD(EU盤)は、四桁台が大量に日本に輸入されました。専門店ではない普通の店で手に入りました。二桁を手に入れた人もいるようです。今でも入手はそれほど難しくはないのでは?

 

Rimg2182Rimg2186この30周年記念盤では、固有ナンバーを気にするあまり、UK盤を手に入れることを忘れがちです。UK盤はおもにアメリカへ輸出されたようです。写真は左がEU盤、右がUK盤のステッカー。

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2008年1月 1日 (火)

WHITE ALBUM 40周年の年の始まり

明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願い致します!

今年はアルバム“THE BEATLES”(通称「ホワイトアルバム」)が発表されてから40年に当たる年。

40年前の1968年にビートルズは、瞑想修行のためにインドへ旅行、その後“APPLE”という自分達の会社を設立、アニメ映画“YELLOW SUBMARINE”を製作・公開、名曲“HEY JUDE”の発表と、各方面で話題を提供します。しかし、グループとしての「崩壊」もこの年に始まります。

Rimg2172_2Rimg2175_2 WHITE ALBUMは私がビートルズを真剣に聴き始めるきっかけになったアルバムです。兄が友達から借りてきたこのレコードを大きな音でかけていたのですが、初めは「うるさい」と思っていた私も、徐々に次々と流れる曲に引き寄せられていきます。そして兄がこのレコードを友達から譲り受け、その後私が買い取ることになります。(定価4000円に対して1000円だったと記憶しています)今でもこのレコードは手放さずに持っています。写真のようにもうシミだらけでとても「ホワイト」とはいえないのですが、私のビートルズ・コレクションの原点であり、大切なレコードなのです。

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