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2007年12月

2007年12月31日 (月)

SGT.PEPPER'S 40周年の年が終る

SGT. PEPPER'S 40周年の年が終ります。1月から騒いできた割には、SGTの記事が少なかったかもしれません。そこで、今年最後はSGTの海賊盤などの話題を。

Rimg2163 このブログにもよく来てくださるshadow_pmcさんも、ブログ「ビートルズ徒然草」で紹介されていましたが、SGTのMULTI-TRACKSのブートは驚きでしたねえ。今年の9月からネット上でも流れていたそうですが、音源としては初めてお目見えのものが満載。個人的には“She's Leaving Home”のカラオケ的なバージョンとアカペラ的なバージョンがお気に入りです。赤いスリーブの方が初めに出たのですが、量的にかなり多い(CD2枚)ので少々疲れます。黒いスリーブの方のブートはCD1枚に曲ごとに分けてあり、製作の流れがわかりやすくおもしろい内容になっています。この中のFull Multi Tracks Stereo Mixは今までのものとは全く別のバージョンですね。(一部でフェイクという説もあるようですが)日本ではあまり盛り上がらなかったSGT 40周年の年の最後に、この強烈な海賊盤を紹介させていただきました。

Rimg2166  もうひとつの話題。久しぶりにアナログ・ブートを買いました。アナログのブートの新譜を買うなんて何年ぶりだろう。ちょっと見にはかつて出ていた“Sessions”と同じように見えますが、これは2枚組でその中に初出の“Revolution 1”Take 18、edit versionが収録されています。その他、もう既出かもしれませんが、1994年の“Anthology”での“Free As A Bird”と“Real Love”の別バージョン(ジョン・レノン・バージョンではない)など、いい音で色々楽しめます。“Sessions”の曲が今までとダブるのは気になりますが、音も良く、ビートルズのアウト・テイク集として、なかなかよいLPだと思います。4800円でした。

Rimg2170Rimg2171_3 最後に、最近知り合いの方から頂いたブートを紹介します。“Get Back To Toronto”ですが、初めてお目にかかったカバーです。 松本常男さんの「海賊盤事典」にも出ていませんので、想像するしかないのですが、ファースト・プレスがスタンプを押したカバーでステレオということですので、これはそのセカンド・プレスではないかと思います。音は良好なステレオです。これを下さった方は、70年代にアメリカでこのブートを購入されたそうです。

さて、今年の最後は海賊盤で締めくくってみましたが、40周年にふさわしいSGTのブートが出てくれたのは良かった(?)のではないかと思います。

来年は「White Album 40周年」の年。Hey Jude 40周年でもあります。ビートルズの崩壊が始まった年、1968年の話題を取り上げながら、また好き勝手に記事を書いていきます。

皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい!

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2007年12月30日 (日)

BOOTLEG(海賊盤)の思い出②

Rimg2155 昨日紹介し忘れたブートがこれ。“Back in 1964 at the Hollywood Bowl”です。カラーのスリックを貼ったジャケットは、ブートの初期では珍しかったのです。このレコードが出る前に発売されていた“Shea The Good Old Days”と音源が一緒だということがすぐわかり、新宿レコードのおばさんにその旨を伝えても、信じてくれませんでした。ただしこちらの方がMCが長いです。

Rimg2157 ブートのジャケットのカラー化はどんどん進み、音質的にもいいものが増えてきました。このヒューストンのライブのブートもそのひとつです。このブートが出た頃には、もうカウンターフィートを見破れるようにもなり、ダブった内容のブートを買うこともなく、音のいい物を中心に買うようになりました。

Rimg2159このポールのLAフォーラムでのライブ盤は、3枚組みのボックス仕様で豪華な感じ(?)でした。色違いのレコードで、音もまずまずでした。このレコードが原因で、正規の3枚組みライブ盤が出ることになったと記憶しています。

まだまだ紹介しきれませんが、この数年で手放してしまったブートがたくさんあります。乱発されるようになってからのブートには、あまり愛着がなかったのです。初期ブートの時代が懐かしいです。ブートはやはり、密かに集めて楽しむものだと思います。

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2007年12月29日 (土)

BOOTLEG(海賊盤)の思い出①

Rimg2141 私がBOOTLEG(海賊盤)のコレクションを始めたのは今から35年前の高校1年生の時。ミュージックライフの1971年1月号の付録の新聞に、音楽評論家立川直樹さんが海賊盤の記事を載せていたのを読んだことにより、興味が湧いて集め始めました。その中にも紹介されていたこの“GET BACK TO TORONTO”が最初に購入した1枚。東京日比谷のツインタワービルにあったレコード店で買いました。のちに松本常男さんの「海賊盤事典」で、このレコードがカウンターフィートだということを知りましたが、盤質も音質も悪かったですね。まるで78回転のSPレコードを聴いているような感じでした。レコードの盤質もSP盤みたいでした。それでも聴いたことがない音に興味を持ち、その後も小遣いが入ると、東京のいろいろなレコード店へ行き、「新譜」を探すようになりました。

Rimg2146 Rimg2144_22枚目に買ったのは「バングラデシュ・コンサート」のブートで、音が悪くがっかりしましたが、その次に買った“Renaissance Minstrels Vol. 2”はジャケットにスリックが付いていたり、ブートのカタログまで付いていて、しかもブルーのカラーレコードということで、満足できる1枚でし た。

Rimg2149Rimg2150_3その後も海賊盤レーベルTMOQ(TRADE MARK OF QUALITY) のものは信用して購入できると思い、買い続けました。

 

Rimg2147_2Rimg2148_2  今では音的な価値はなくなってしまいましたが、当時は買うごとにわくわくしていたのを覚えています。ただもう少し音が良ければとは思っていました。この写真の “WHISKEY FLAT”もそれほど良い音質ではなかったです。そんな時に買ったのが、去年このブログで紹介しました、OG赤レーベルの“LIVE IN TOKYO”です。このレコードの音質には驚きました。

Rimg2152_2Rimg2153_2  その後、続々と音の良いブートが発売されるようになりました。特に“JAMES PAUL McCARTNEY SHOW”(当時まだ日本のTVでは放映されていませんでした。のちにNHKの「ヤング・ミュージック・ショー」で放映されますが)のブートや74年のジョージのライブ盤は、海賊盤としてはかなり音がいいものでした。

 

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2007年12月28日 (金)

ジョン・レノン キャンペーンのBOXとEMI

Box 今、ジョン・レノンの紙ジャケットのCD全種を買って、応募券をEMIミュージック・ジャパンに送ると、CDを収めるBOXがもらえるというキャンペーンが実施されています。自分が買ったCDに封入されている応募券付きのカードを読んでいて、最近のポールのTIMES紙のインタビューを思い出しました。

封入されていたカードにはこう書かれています。

「お名前:郵便番号:住所:年齢:お電話番号:発売を知ったきっかけをご記入の上お送りください。尚、BOXコースでは10枚全ての応募券が同封されていない場合、また上記の記入項目をすべてご記入いただいてない場合は無効とさせていただきますので、ご了承ください。◆応募宛先 〒107-8510 東京都港区赤坂2-2-17  (株)EMIミュージック・ジャパン STRATEGIC & INTERNATIONAL MARKETING CO. 販売推進部 ジョン・レノン キャンペーン係」

皆さんはこれを読んでどう感じられますか?私は10枚のCDを買うことだけで、BOXプレゼントをもらう資格は十分あるのではないかと思います。マーケティング調査としてアンケートをとるのはいいかと思いますが、そのあとの「上記の記入項目をすべてご記入いただいてない場合は無効とさせていただきます」って、一体どういうことなんでしょうかね。そんなにこの項目が重要なんでしょうか?(住所、名前くらいは誰でも書くけど)それから封筒の表には書ききれないほどの、この長い宛先は何なんでしょう。このような姿勢から、EMIがどんどん萎んでいる理由がよーくわかるのです。殆ど無意味なことを購買者に求めて、おそらくその情報も殆ど活かすことなく、形式だけを取り繕い、自分達はだらだら仕事をしていくのではないでしょうか。ポールのインタビューでの発言を読めば、それが一目瞭然です。

「EMIのプロモーションは、まさに単調な繰り返しの仕事の象徴なんだ。どこかへ行き、1日中ずっと、大勢の記者と話をして、同じ質問を繰り返される。頭がぼやけてくるほど退屈なんだ。そこで僕は何か違うことをしなくてはいけないと思い始めたのさ」

ポールは融通の利かないEMIに見切りをつけて、スタバのHEAR MUSICへ移籍したのでした。

ポール、EMIを離れて正解だったよ!!

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2007年12月23日 (日)

ポールの新しいプロモCD

Amoeba_cd 先日、Amoebaでのシークレット・ライブのレコードを紹介しましたが、今度はそのプロモCDが出てました。CDの正規発売はないのでしょうか?レコードの方は、予想通りかなりの枚数があるようです。ただし、Amoebaのステッカー付きは少ないようです。

 

Nodyourheadこちらは“Nod Your Head”のダンスホール・リミックス・バージョンのプロモCDです。こちらの音源は今のところ未発表ですね。

 

  

次から次へとプロモが出るポールって、本当にすごいですねえ!とどまるところを知らない。この勢いでグラミーも取って欲しいです。因みにビートルズの“LOVE”もリミックス部門でグラミーにノミネートされたようですね。2月の授賞式が楽しみです。

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2007年12月19日 (水)

HAPPY XMAS(WAR IS OVER)とCHRISTMAS SONG

Rimg2134  ジョンとヨーコの“HAPPY XMAS(WAR IS OVER)”は今ではクリスマス・ソングの定番になりましたが、発売された当時はそれほどヒットしていなかったような記憶があります。その後、クリスマスの度にラジオでかかっていたことは確かですが、今日ほどのスタンダードなクリスマス・ソングになったのは、やはりジョンが他界してからのことだと思います。上の写真はUKオリジナル盤。

Rimg2136 リリース当時のアイルランドでは、まだレーベルがパーロフォンです。因みに、ジョージの“GIVE ME LOVE”まではアイルランドではパーロフォンのレーベルです。

 

Rimg2133Rimg2131日本では、スリーブがおかしなことになっていました。ごく一部では、「ハッピー・クリスマス」の代わりに「戦争は終った」のタイトルのスリーブが存在しました。

Rimg2137 左の写真はジョンの死後アメリカで作られた“HAPPY XMAS”のプロモ・シングル。ラジオ向けのプロモで、両面とも“HAPPY XMAS”ですが、片面はステレオ、もう片面はモノという内容になっています。

きょうは、もうひとつクリスマス・ソングを紹介します。“HAPPY XMAS”ほど有名な曲ではありませんが、私のお気に入りの1曲です。

Rimg2138 ギルバート・オサリバンの“CHRISTMAS SONG”です。短いシンプルな曲ですが、詩の面では“HAPPY XMAS”の影響が見られます。ギルバート・オサリバンと言えば“ALONE AGAIN(NATURALLY)が有名ですが、この曲もなかなかいい曲です。

I'm not dreaming of a white Christmas

I'm not dreaming of a white Christmas

All I'm dreaming of the whole day long

Is a peaceful one

Merry Christmas, Happy New Year

To those of you who live in fear

And let us hope that very soon

The peace you seek will then resume

この“CHRISTMAS SONG”のビデオは次のURLでご覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=xvCpt2FMytY&feature=related

最後に英語なんですが、日本人がよくやる間違い→X'mas アポストロフィーはつけません。Xmasが正しい。

 

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2007年12月12日 (水)

THE BIG ISSUE YOKO ONO SPECIAL INTERVIEW

今日は体調が悪く、咳が止まらないので、病院に行ってから職場へ向かった。その途中、有楽町駅で、先日話題にした“THE BIG ISSUE”を売っているオジサンに出会ったので、一部買った。オノ・ヨーコのインタビューが興味深かった。

インタビュー最初のページに、その英文が載っていて、さーっと目を通したが、インタビュアーの質問にムッとなっても、“Why would you ask me that!!?”と結構丁寧に言い返しているヨーコがいた。昔だったらもっと辛辣な反応をしていたのではないかな?

それほどビートルズが好きではない私の知り合いが「オノ・ヨーコって昔に比べて綺麗になったね」と言った。ヨーコの昔のイメージは棘のある怖い女性だったのだ。今でも言うべきことは言う人だが、確かに表情に余裕があり、穏やかになった。「綺麗」になったというのはそういうことなのかもしれない。

初めて1週間続けて記事を書いた。というより、気がついてみたら、毎日書いていたということなのです。今このブログは、自分にとって過去の記憶をたどるものになっています。もしかしたら内容が事実と違うかもしれません。資料をひっぱり出してきて、確認したりしてませんので。こうしてみると、今更ながら自分にとってビートルズというのはとてつもなく大きな存在だったのだと、つくづく思います。

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2007年12月11日 (火)

PIPES OF PEACE/SO BAD と THE MAN

Rimg2115 “PIPES OF PEACE/SO BAD”(写真はアメリカ盤シングル) 24年前の今頃、このシングルがリリースされています。そして、ポールのソロの曲として最後の全英NO.1となりました。(今後NO.1の曲が出るかもれませんが)A,B両面とも(アメリカ、日本ではSO BADが、イギリスではPIPES OF PEACEがA面)ポールらしい美しいバラード曲で、プロモーション・ビデオが秀逸だった(特にPIPES OF PEACEが)ためにNO.1になったとも言われていますが、この頃はまだアメリカと旧ソ連の対立があったために、核戦争の恐怖が次第に騒がれるようになって来た時期でした。ジョンがこの世を去ってからのポールの曲には、「平和」を前面に打ち出した曲が増えてきたような気がします。それまでのポールはジョンに比べて控えめだったと思います。

個人的にはSO BADがいいですね。子供達の前で“Girl, I love you. Girl, I love you so bad.”と歌っていたら、ポールの子で唯一男の子のJames君(まだ小さかった)が寂しそうにしていたので、“Boy, I love you. Boy, I love you so bad.”という一節を加えたそうです。ポールの優しさがこんなところでも感じられるのです。

Rimg2116  この2曲が収められているアルバム“PIPES OF PEACE”は、世間での評価はあまり高くないのですが、なかなかいい曲があるのです。“SAY SAY SAY”はNO.1ヒット曲ですが、その陰に隠れた“THE MAN”の方が、私は気に入っています。この曲は何故か南米の国でシングル・カットされているようです。写真はペルーのシングル“THE MAN”です。

Rimg2118 そしてさらに、スペインのプロモーション・シングルも存在します。スペイン語圏(ラテン系の国々)でのヒットを狙ったのでしょうか。

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みしらぬ―食事場所案内③

皆さんは沖縄の宮古島へ行ったことがありますか?その昔、この島に「来々軒」という店がありました。(今、PCで検索すると、まったく違う店がヒットします)

私が初めて行ったのが1979年の2月。大学のゼミの研修旅行ででした。宮古島に古くからあった「料亭」といったらいいでしょうか、2階には広い座敷があり、昔テレビ放映されていた、山下清を扱った「裸の大将」というドラマのロケが、ここで行われました。私がゼミ旅行をしてから数年たった頃だったと思います。突然テレビに出てきたときにはびっくりしました。ご主人の羽地栄さんも出演してました。

ここのオムライスの味が忘れられない。ほかの沖縄料理もおいしいのだけれども、このオムライスがとってもおいしかったのを覚えています。羽地さんからの年賀状もいつしか途絶え、宮古島へはもう10年以上いっていませんので、もうこの店はあとかたもなくなってしまったのかもしれません。古き良き宮古島を代表する店だったのですが。

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2007年12月10日 (月)

ビートルズ来日公演7月2日のテープ

今年も残すところあと僅かになりました。来日40周年の去年に比べ、SGT40周年の今年は、いまひとつ盛り上がりにかけた年だったような気がします。(私は1月から騒いでいたのですが) 今年、私にとって最も衝撃的だったことは、私がオークションで落札した品物の出品者から、「ビートルズの7月2日公演のテープをそのうち出品しますのでよろしく」とメールが来たことです。音を聴いたり写真を見たりしたわけではないので何とも言えませんが、その人が嘘を言っているような感じでもなかったのです。以前、7月1日の夜の部のテープの存在が写真入で報知新聞に掲載されたことがありましたが、2日のテープに関してのニュースは聞いたことがありませんでした。結局、2日のテープは出品されませんでしたが(されてもすぐ削除されたでしょう)、裏のルートで海賊盤業者に渡らなければいいなと思っています。海外の大きなオークションに出したら、とてつもない値がつくことでしょう。その後その人とのやりとりはありませんが、そのうちどうなったかをきいてみたいものです。

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2007年12月 9日 (日)

みしらぬ―食事場所案内②

今回は京都にあるお店「大弥(だいや)」です。京都駅から徒歩約10分、東本願寺のそばにある小さなお店ですが、ここのしっぽくうどんとにしんそばはとっても美味しいです。昆布と鰹節でとっただしがとてもいいお味なのです。京都は観光地ですので、食べ物は高い所が多いですが、この「大弥」では300~400円台が中心。有名店のにしんそばは1000円以上しますが、ここでは400円台。京都へ旅行の際は、ぜひお立ち寄りください。以下のURLで情報をご覧下さい。

http://gourmet.yahoo.co.jp/0006712139/M0026000536/

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2007年12月 8日 (土)

「樹の花」でジョンを偲ぶ

ジョンの命日である今日、静かに過ごしています。昼間は銀座「樹の花」で、知り合いとゆっくりお茶を楽しみながら(もちろんジョンとヨーコが座った席で)、ジョンやビートルズの話に花をさかせました。私たちのあとから次々とお客さんが入ってきて、この席がお目当ての方もいらっしゃいましたが、申し訳ないことに2時間30分ほど占領してしまいました。ごめんなさい。

今日は映画「アメリカ VS ジョン・レノン」が封切られたり、DREAM POWERのLIVEがあったり、いろいろな形でジョンを偲ぶことができる日だったと思います。皆さんはどのようにすごされましたか?コメントお待ちしてます。

「樹の花」ではずーっとジョンの曲がかかっていました。このお店はいつまでも続いて欲しいと願っています。軽井沢の「離山房」とこの銀座「樹の花」は“ジョンの魂”を語り継ぐのに大切な場所だと思うのです。日本にもロンドンやリバプールと同じような“ビートルズ・ウォーキング・ツアー”があったら、ここは必ずコースに入るでしょう。

来年の12月8日も、またここでジョンを偲ぶことにしようかな...。

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2007年12月 7日 (金)

みしらぬ―食事場所案内①

最近、食べ物の話題から遠ざかっていましたので、不定期のシリーズとして始めることにしました。その名も「みしらぬ―食事場所案内」。何ともいえないオヤジ・ギャグ的なタイトルですが、ミシュランのガイドブックには100%掲載されない、私のお気に入りの店(中にはもうなくなってしまった店もあります)を紹介します。

今日はその第一弾!

千葉県船橋市にあるインド料理店「サールナート」。ランチタイムには列ができるほどの人気店です。ここのカレーは本当においしい。またナーンも大きく、外はパリパリで中はしっとり。ここのナーンを食べると、他店のものでは物足りなくなります。ランチタイムでは、カレー2種類とサラダ、ヨーグルト、アチャール(インドの玉葱の漬物)、ライスとナーンで1050円。お腹が一杯になります。開店してから15年くらいの店ですが、ご主人は東京麹町にあったインド料理店「アジャンタ」で修行、その後千葉市検見川の「シタール」で修行。しっかり修行を積んでいるだけあって、本当においしい料理を出してくれます。インド人が作っている店よりもおいしいと思います。ご主人は音楽も大好きな人。もし行く機会がありましたら、音楽の話題で話しかけてみてください。最寄の駅は京成電鉄の大神宮下駅で、徒歩4分くらい。水曜定休、火曜はランチのみ。おすすめはバタークリーム・チキン。次のURLの情報を参考にしてみてください。ちょっとローカルだったかな?

http://chiba.gourmet.livedoor.com/restaurant/info/10285.html

PS 夜のお奨めはサールナート・ターリ。カレー2種類、シーク・カバブ、タンドリーチキン、チキンティッカ、ライス、ナーン、サラダ、インディアン・スウィートがついてボリューム満点。二人で食べるといいでしょう。インディアン・スウィートはインドのオレンジ色をした不思議な味の美味しいデザートです。もし食べに行ったら、何で作られているか当ててみてください。

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2007年12月 4日 (火)

12月8日の過ごし方

Bigissue ジョンの命日まであと4日。今年はどうやって過ごそうかと考えました。いつも静かに過ごしているので、それは変えないで、あるところへ行こうと思っています。よく「Dream PowerのLiveには行かないの?」と聞かれるのですが、今まで一度も行ったことがないのです。別に頑なになっているわけではなく、とにかくこの日は静かに過ごしたい、といつも思っているからです。今街頭で売られている“THE BIG ISSUE”はジョンとヨーコの特集らしい。まだ手に入れてませんので、知ったかぶりしないために、「らしい」としておきます。映画も封切られるし、やはりこの時期はジョン一色になるのですね。ちょうど27年前がそうであったように。

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ポール2002年のツアー・ドキュメント

Cap006 ポールの2002年の来日公演は、当初ツアードキュメントとして映画の一部になると言われていましたが、結局映画化はされませんでした。一部の国でTV放映されて「おしまい」だったようですね。日本では放映されませんでしたが、日本滞在中のポールの様子も紹介されていました。東京ドームのオーディエンス、新幹線で移動するポール一行、天ぷらで有名な京都の旅館「吉川」で日本文化にふれるポール、金閣寺見学、朝の京都をサイクリングするポールなど、結構楽しめるシーンが多かったです。(ブートDVD“Back in the World”に収録)東京ドームのオーディエンスに微かですが、私の「腕」と「顔」の一部が映っています。友達にど真ん中の前から2列目という信じられない席を譲ってもらったのですが、その前の最前列はポールに招待された「追っかけ」の人たち。「c」のTシャツを着た人と「C」のTシャツを着た人の間からニョキッと出ている白い腕が私でございます。それにしても、前の列の人たちの乗り方は尋常ではなかったです。

あれからもう5年もたってしまったのか…。

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