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2007年4月29日 (日)

福知山線事故現場で考えたこと

昨日と今日、取材で2年前の4月25日に起きたJR福知山線の事故現場へ行ってきました。この事故では107名もの尊い命が失われています。まだ比較的新しいマンションの片側(立体駐車場となっていた部分)に崩れた跡があり、今でも生々しさが残っていました。そして今は誰も住んでいないこのマンションのすぐそばに献花台が設けられているのですが、そこは静まり返っていて「悲しみ」に満ちていました。一日中、JR西日本の社員とガードマンが数名、献花に来た人たちに対して礼をしているのですが、まだ原因解明もできていない状態で、JRとご遺族の方たちとの交渉は難航しているようです。

きのうまでいた人(家族、恋人、友人など)が突然いなくなってしまうという状況は、私も何回か経験しているので、少しだけわかるつもりでいたのですが、昨日と今日、事故の話をいろいろ聞いていくうちに、このような大事故で大切な人を失った人の心の中は、ただ肉親や友人を失くしたというのとはまったく違うということがよくわかりました。そして決して同じ気持ちになれることなどないと思うようになりました。計り知れない悲しみを「わかる」ということはできない。「わかる」といったら偽善になる、そう思いました。

今、考えていることは、どうして亡くなられた方々は、こんな悲惨な事故に遭ってしまったのだろうかと言うこと。「運命」ってあるのだろうか。「運命」は変えられないものなのだろうか。「命を運ぶ」という風に書くのだから、大きな災難から逃れる方向へ「運べ」ないものなのだろうか。そう考えています。1985年の日航機墜落事故の時も、同じような気持ちになったことを覚えています。自分の肉親、親戚、友人はもちろんのこと、この世の人たちみんなが大きな災害から逃れるということは不可能なのだろうか。

昔、小児ガンで大手術をするまだ小さな赤ちゃんのドキュメンタリーをTVで見たことがあります。本当に小さな体で手術に耐える赤ちゃん。そしてそれを見守る親御さんの姿を見て、とても辛く、苦しい気持ちになりました。どうして、こんな可愛い生まれて間もない赤ちゃんが、ガンに苦しみ、大手術を受けなければならないのかと。その子は結局死んでしまうのですが、どうしても「納得」がいかなかったのです。人は「平等」ではないのだということに対して。

「運命」って何だろう...。

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