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2007年3月

2007年3月31日 (土)

ROCKY THE FINAL

帰ってきたら日が変わってしまいました。30日は本当に楽しい1日でした。28日の記事でも書いたとおり、私が教員になった時の同僚と再会し、4時間近くも話しをしてから有楽町での“ROCKY THE FINAL”の試写会にも3人で行きました。

かつて意気投合した3人ですので、話しがとぎれることはなく、思い出話、お互いの今後のことなど、長時間に渡って語りまくりました。その後の“ROCKY”の試写会では、映画に大感動で、ひとりは涙を流すほどでした。私もノスタルジックになり、初めて“ROCKY”を観た日のことを思い出しましたね。(“ROCKY 1”を観ていないと、登場人物との関係がわからないことがありますので、これから観る方は第1作を見た上でご覧下さい。特に今回出てくる女性との関係が)昔と同じようにROCKYから元気を貰い、来週から始まる新しい仕事にも「向かって」行ける気がしました。自分がやることへの情熱には、年齢は関係ないということをこの映画を通して教えられましたね。

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2007年3月29日 (木)

愛犬と絵本

Pepe1 久しぶりにゆっくりと愛犬のトリミングとシャンプーをしてあげました。左の写真のようにポメラニアンですので、長毛のためトリミングやシャンプーは一苦労なのです。その上じっとしていないとなれば、かなりの時間がかかってしまいます。

この犬にはいろいろエピソードがあるのですが、私が落ち込んでいた時、ペットショップのウインドウの「ポメラニアン 1月8日生まれ」という貼り紙が目に付き、これが運命の出会いとなりました。1月8日は私の誕生日でもあるのです。いつか犬を飼うならばポメラニアンと決めていたのですが、Pepe2 それは私が小学生の頃に可愛がっていた叔父のポメラニアンが忘れられなかったからです。その犬は私が小学校5年生の頃にもらわれていってしまい、長い間寂しい思いをしていた記憶があります。その犬の名をもらいこの犬に「ぺぺ」と名づけました。

実は、この犬のことをいつか絵本にしようと考えており、テーマは「生命の尊さ」、「生き物の生と死」で、人間と犬の出会いから別れまでを描いて、子供達に「生命」について考えてもらおうと思っています。まだ元気な犬ですが、やがていつか別れがやって来ます。それを重くならないような内容Pepe3 でストーリーを展開していきたいと考えています。ビートルズ博物館とともに、自分のライフワークとして位置づけています。10年後になるか、もっと先になるかわかりませんが、必ず作り上げるつもりでいます。その頃には私の生徒だった人たちの子供に読んでもらいたいですね。

ビートルズのメンバーの中では、ポールが大の犬好きで、ホワイト・アルバムにも愛犬のことを歌った“MARTHA MY DEAR”という曲があります。とても軽い曲ですが、私のお気に入りの1曲です。

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2007年3月28日 (水)

ポールのニューアルバムはスタバから

先週伝えられたニュースによると、ポールのニューアルバムが6月にスターバックスの新レーベルからリリースされるとのこと。今にも潰れそうなEMIから飛び出し、スタバの新レーベル第1号のアーティストになる模様。ここのところ暗いニュースが多かったポールに、久しぶりに明るい報道がなされたので、ほっとしています。

スターバックスと言えば、最近CDも販売しているとのことで、この新レーベルへの伏線だったのかも。私も先日「大切な人」からスタバが出しているジョンのコンピレーションCDをプレゼントされたばかりでした。

今度のポールのニューアルバムには新曲の他に昔の曲も含まれるとのこと。いったいどの曲のリメイクなのか、いまから楽しみです。今回の報道には、数年前の映画“I AM SAM”を思い起こさせられました。ビートルズの曲ばかりが使われているあの映画で、主人公のサムが働いている場所がスターバックスでしたので。

以下のURLで日経の報道を。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20070326AT2M2200G26032007.html

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昔の仲間と“ROCKY”試写会へ

私が24年前に教員になった時、その学校に同年代の先生が2人いました。同年代ですから話も合うし、お互いすぐにうちとけられました。22年前の今頃だったと記憶していますが、男3人で沖縄に旅行もしました。大学時代、民俗学のフィールドワークで何度か訪れていた私が宮古島などの案内役となり、沖縄本島のバスツアーにも参加し、結構楽しい旅となりました。

その2人とあさって久しぶりに再会します。一人は数年前に教員を退職、もう一人も今年辞めたため、「教員引退3人組」の会合になります。食事をしたあとで、私の提案により“ROCKY THE FINAL”の試写会を観にいくことになりそうです。ボクサーを「引退」していたロッキーが、周囲の反対を押し切って再びボク シングのリングに立つ、というストーリー。

我々の世代は、この映画“ROCKY”にどれほど元気付けられたことか。今回の映画のキャッチ・フレーズが「自分をあきらめない」というのもいいですねえ!

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2007年3月26日 (月)

新しい仕事など諸々のこと

きょう、4月から始まる新しい仕事の打ち合わせのために、東京のオフィスへ行ってきました。仕事の内容は、出版、WEBマスター、広報と色々ですが、やりがいがあります。WEBに関しては、これからたくさん勉強しなければならないと思いますが、コンテンツ中心なので、構成力(HPに載せる記事の取捨選択)、企画力が求められそうです。今まで人を相手にしていた仕事から、出版、WEBといった仕事になって、慣れるまで少し時間がかかりそうですが、頑張りたいと思います。大きなプロジェクト(アメリカの著名な映画監督製作によるアニメーション映画)とのリンクもあるようです。

かなり忙しくなりそうなので、このブログの更新も4月以降は長いインターバルになりそうです。今後の企画としてSGTのNIMBUS試聴会は必ず実現させたいので、その話題が多くなると思いますが、今までより「ひとりごと・日記」的なものになっていくかもしれません。

大好きだった生徒たちとのお別れはとても寂しかったのですが、もう気持ちを切り替えて、新たな仕事に集中しようと思います。彼らのことは心の中にしまっておきます。

さてビートルズの話題ですが、きのうシンシア(ジョンの元妻)が書いた本を買って読んでいます。小野洋子に対してかなり辛辣に書いていることが多く、今後論議を呼びそうです。でも、もうこの手の本は興味をもって読む人は少ないと思いますので、売れないでしょうね。

3月31日は山本一力の直木賞受賞作の映画「あかね空」を観に行こうと思います。山本一力や出演者の中谷美紀などの舞台挨拶があるので楽しみです。江戸時代の深川が舞台で、私の好きな「豆腐」がテーマにもなっているようです。この映画を観たら夕食は豆腐かもしれません。

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2007年3月24日 (土)

24年間の教員生活に別れを

今日、教員生活に別れを告げました。2年間女子校で、22年間男女共学の進学校で教鞭をとってきましたが、24年間、本当に大勢の素晴らしい生徒たちに出会うことができ、幸せでした。

教師にとって、最初の生徒と最後の生徒は忘れられないものだと思います。一番最初に受け持った生徒たちは、もうすっかりお母さんになっています。(2週間前に同窓会を開いてくれて、久しぶりに会うことができました)昨日ブログの話題として書いた最後の生徒たちが、今日放送室で「お別れのセレモニー」をしてくれました。こんなに優しい子たちと一緒に4年間過ごせたことは、私の人生でも大切なことだったと思います。彼女達には一青窈のCDをプレゼントしましたが、気に入ってくれると嬉しいのですが...。

19年前の「4期生」(10月のブログを参照)も忘れることはできません。まだ学校ができて間もない頃、「この学校を作り上げていくのは君達なんだよ」といつも呼びかけ、それにしっかりと答えてくれた生徒達です。ある人は今海外で家庭を持ち、ある人はテレビのニュースキャスターとして活躍、またある人は警視庁の刑事として、そして大学に入りなおして医師をめざしている人もいます。この「4期生」の良さは「正直」、「良心」をもとに行動していることです。元ライブドアの社長のように平気で嘘を言って金持ちになるような人が多くなって来ている今の世の中で、この「正直」、「良心」をもとに行動できる人間は今後必ず「成功者」になると思います。(詳しくはベストセラー「国家の品格」を参考にしてください)

それから、ビートルズの曲を飽きもせずに24年間よく教え続けたと思います。かなりの数の生徒がCDを買うようになったはずです。ビートルズの関係者やEMI、アップルから感謝状をもらってもいいくらいかな。生徒の中には熱烈なファンになった子もいて、ポールの東京ドームのコンサートでも会ったほどです。親子の会話が少なくなる中学生の時期に、ビートルズの話題で親子の絆ができたと言ってくれたお母さんもいましたね。(嬉しかったです!)

今日は、24年間に出会った人達(生徒及び職場の先生方)に心より感謝して、いつかまた再会できる日を楽しみにしながら、次の曲で今日のブログを終わります。ポールが歌う“I'll Follow the Sun”!

http://www.youtube.com/watch?v=RoRbIkew1Ck&NR=1

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2007年3月23日 (金)

幸せを感じた日

今日は、自分の職場の学校で顧問をしている、放送部の卒業生のためのお祝いと、1年間の慰労会を兼ねて、「飲茶パーティ」を行いました。いやー、みんな良い顔をしていました。(卒業生も在校生も)そしてよく食べる!「ちょっと多いかな」と思っていた中華料理があっという間になくなりました。(食べることに夢中になって、写真撮り忘れた)

この学校の生徒は本当に性格もいいし、やさしいし、頭もいい。自分は本当に良い学校に巡り会えたと思ってます。22年も勤められたのは、ひとえにこの素晴らしい生徒達のお陰です。

明日は終業式。ひとつの区切りです。

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2007年3月14日 (水)

ワシントンD.C.コンサートのクローズド・サーキット

Rimg1272_1 43年前の今日、全米でワシントンDCコンサート(2月11日に行われたアメリカ初のコンサート)のフィルム上映会が、クローズド・サーキット(有線にて限られた会場で、生中継やフィルムなどを上映するシステム)で開催されました。あのゼリー・ビーンズが投げ込まれた熱狂的なコンサートが、アメリカ各地の映画館で上映されたことにより、エド・サリバン・ショーから始まったビートルズ熱にますます拍車がかかります。写真はワシントン州スポーケン市で行われた時のチケットと新聞広告です。

Rimg1279 このチケットと新聞広告のセットは、インターネットでスポーケンにあるビートルズショップから購入したのですが、このスポーケンという町は偶然にも、私が勤務している高校がホームステイを行っている場所なのです。雄大な自然に囲まれた素晴らしい町で、私も3回のホームステイで大勢の友人ができました。お世話になったファミリーと20年近くもクリスマス・カードのやりとりをしています。

Rimg1275 アメリカの中ではそれほど大きな町ではないのですが、このような地方都市に今でもビートルズ・ショップがあるのは驚きです。オーナーのボブ・ギャラガーさんは信頼できる方で、私はかなりの数のビートルズ及びソロのプロモ盤を購入しました。とても良心的な価格でした。

Rimg1276 「クローズド・サーキット」で思い出すのが、ポールのソロとしては初の日本公演。1990年3月9日の東京ドーム公演を、各地の会場で見ることができました。(その映像の一部がブート・ビデオで出回っていました)フジ・テレビではその深夜に、“Put It There”1曲だけが放映されたのを覚えています。

この全米で行われたクローズド・サーキットのあとは、ビートルズの曲がヒット・チャート上位(4月4日付ビルボード誌1位から5位まで)を独占するなど、ビートルズ伝説の幕開けとなります。

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2007年3月11日 (日)

SGT. PEPPER'S NIMBUS SUPERCUT

Rimg1254Rimg1266 昨日3月10日は忙しい1日でした。午後1時から秋葉原のオーディオ・ルームで、SGT. PEPPER'SのNIMBUS SUPERCUT盤の試聴会、夕方からは私が初めて受け持った生徒との同窓会があり、慌しかったのですが、楽しく充実した日でした。

さてNIMBUS盤の試聴会ですが、秋葉原のオーディオ・ルームにて、スコットランドのLINNというオーディオ・メーカーの最新アナログ・プレーヤーを使って再生しました。時間の関係で、全曲というわけにはいきませんでしたが、最初の2曲をまずかけてもらい、小手試し。試聴に集まった5人は、のっけから圧倒されました。NIMBUS盤をLINN社の高級プレーヤーでかけたのですから、圧倒されない方がおかしいくらいです。

因みにNIMBUS SUPERCUT盤とは、イギリスのオーディオ雑誌“Hi-Fi Today”が1984年にメール・オーダーのみで 製作した超高音質盤のことです。当時はそれほど騒がれなかったので、現存する枚数は非常に少ないと思われます。一説には500枚とも1000枚ともいわれていますが、海外のオークションでもなかなか出品されず、出品されても落札価格が日本円で13万~18万円くらいになっています。イギリスのあるネット・ショップでは900~1000ポンドの値段で売られていました。レコードの音的な価値からいうと、PLEASE PLEASE ME GOLD PARLOPHONE ステレオ盤より上ではないでしょうか。(その点から考えると、20万円でも安いくらいです)

試聴会の話題にもどりますが、最後の2曲、SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND REPRISEとA DAY IN THE LIFEは圧巻でした。まず、UKオリジナル・ステレオ盤をかけ、次にNIMBUS盤、そして最後にMOBILE FIDELITY ULTRA HIGH QUALITY盤(BOX仕様盤)をかけて、聞き比べをしてみました。UKオリジナルは「硬い」音という言い方が正しいと思います。各楽器の分離も悪く、ボーカルも音のレベルは高くても、「澄んだ」音とは言い難いものでした。次のNIMBUS盤は、広がりのある澄んだ音で、各楽器の分離も大変よく、ボーカルもとても美しく聞こえました。最後のMOBILE盤はボーカルがきれいに聞こえ、楽器の分離もまずまずでしたが、NIMBUSを聞いてしまったあとではやや物足りない感じがしました。NIMBUS盤では、A DAY IN THE LIFEの最後の部分で反響音のようなものがビーン、ビーンと来るのですが、UKオリジナルでは殆ど聴こえず、MOBILE盤では、微かに聞こえる程度でした。これがはっきり聞こえるのはNIMBUS盤だけだと思います。CDではまったく聞こえません。

結論!NIMBUS盤は希少価値、音の素晴らしさで、世界で最高峰のビートルズ・アナログ盤である、ということになりました。雑誌「BEAT SOUND」での評価どうりではないかと思った次第です。

以前この試聴会にお誘いしていて、今回ご案内できなかった方、誠に申し訳ありません。会場の都合で5人しか入れませんでした。今年中に、改めて試聴会を計画しようと思いますので、楽しみに待っていてください。もちろん、聞き比べもいたします。

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2007年3月 2日 (金)

パティ・ボイド

Patti_boydジョージの元の奥さんといえばパティ。今日3月2日は、ジョージとパティが初めて出会った日。モデルをしていた時、ビートルズの映画“A Hard Day's Night”に出演し、ジョージが一目惚れ。うーん、この美貌ならば、ジョージだけではなく、男は皆Knock Out状態になるでしょう。(笑)よくジョージの名曲“Something”がパティのことを歌ったと言われますが、それは大きな間違い。ジョージ自身が1991年の来日公演前のインタビューで、「Somethingは特定の女性を歌ったものではない」と答えています。次のURLでジョージ自身によるその発言を聞くことができます。

http://www.youtube.com/watch?v=qJgineevJDA&mode=related&search=

 

Pattiboyd ジョージがパティのことを歌ったのは“Isn't It A Pity”。アルバム“All Things Must Pass”の中の原曲もいいですが、“Live In Japan”のライヴ・ヴァージョンは最高です。ライヴ・ヴァージョンを聞いて、この曲の素晴らしさを再認識しました。日本公演でアンコール前のラスト曲に選ばれたのも頷けます。

 

Pattieric 親友ジョージの妻に心を奪われてしまったエリック・クラプトンは、彼女のことを歌った名曲“Layla”を1970年に発表します。ジョージとの結婚生活にヒビが入ってしまった頃、パティはエリック・クラプトンのもとへ。パティはジョージと離婚し、エリックと結婚。その後、“Wonderful Tonight”、“Old Love”といったパティをテーマにした名曲が生まれます。大親友だったエリックに裏切られた形になったジョージの気持ちはどんなものだったのでしょうか。数年後、エリックもパティと離婚することになります。

 

92pattie8 左の写真は今から15年前のパティ・ボイド。エリックとの離婚後は再婚はしていないようです。(ボーイフレンドはいるようですが)

ジョージの死後、悲しみに暮れていたオリヴィアの相談相手になってあげたこともあるとのこと。現在では、写真家として活動。また、自伝を書くという話がずいぶん前に出ていましたが、未だに発表されていません。

ビートルズのメンバーの最初の奥さんは、みんな不幸になっているような気がします。ジョンの元妻シンシアは事業をことごとく失敗してますし、リンダ・マッカートニーは癌で死亡。リンゴの前妻モーリンも闘病の末、死去。(病名は明らかにされていません)パティは大丈夫でしょうかねえ?

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