« I MISS YOU, GEORGE..... | トップページ | 40年後の武道館にて »

2006年12月 8日 (金)

ジョンの命日

Rimg1066Rimg1063  もう26年も経ってしまったのですね。当時私は23歳。大きな法規出版社に勤務していたのですが、仕事が自分には全く向いておらず、もう辞めようかと思っていた頃でした。1980年12月10日朝、在日米軍の放送局FEN(現AFN)から何度も流される“JOHN LENNON ”のニュース。最初は「またジョンの奴、麻薬でもやって捕まったかな?」と軽く考えていたところへ“DEATH OF A BEATLE”というアナウンス。「えっ?聞き間違えたかな?」と思ってもう一度聞きなおすと、“JOHN LENNON WAS SHOT DEAD”という英語が流れて来て、“そんな馬鹿な!”と慌てふためきました。TVでも「ジョン・レノン射殺」のニュース。駅の売店にあるスポーツ新聞の一面は、皆「ジョン・レノン死亡」の記事。悪夢の1日でした。

Rimg1067 Rimg1070仕事から帰って、当時のニューアルバム「ダブル・ファンタジー」に針を落としました。“WOMAN”が流れた時、自然に涙がポロポロ頬を伝い、その時「自分の青春は終わった」と自覚したのでした。

数日して、ジョンのインタビューを載せたプレイボーイ誌が発売され、早速購入して読んでいくと、“Produce your own dream. It's quite possible to do anything. I can't wake you up.  You can wake you up.”(自分の夢は自分で作るのさ。何をやろうとも可能だ。僕には君の目を覚ますことはできない。君にならそれができるんだ)という一節が目に入りました。このジョンの遺言により、自分は教員の道をめざすことを心に決めたのです。

あれから26年。自分の教員生活ももう終わりに近づいて来ているようです。でも精一杯やってきました。このジョンの言葉に励まされ。

|

« I MISS YOU, GEORGE..... | トップページ | 40年後の武道館にて »