2009年7月10日 (金)

ポールが自サイトでマイケルの遺言に関する噂を否定

ポールが自サイトmccartney.comで、マイケルが遺言に「ビートルズの著作権をポールに返す」と書いていたというのは事実無根、また著作権が戻らずがっかりしていると言うことも全くない、と発表しました。以下全文です。

Some time ago, the media came up with the idea that Michael Jackson was going to leave his share in the Beatles songs to me in his will which was completely made up and something I didn’t believe for a second.

以前、マスコミが「マイケル・ジャクソンは彼の遺言に、ビートルズ著作権の自らの持分をポールに返すと書いているようである」と報じていたけれど、それは完璧に作られた話で、僕は少しも信じなかった。

Now the report is that I am devastated to find that he didn’t leave the songs to me. This is completely untrue. I had not thought for one minute that the original report was true and therefore, the report that I’m devastated is also totally false, so don’t believe everything you read folks!

今では、著作権が戻ってこないことがわかって僕ががっかりしていると報じているけど、これも全く事実ではない。もとになった報道が真実だと思ったことは全くないし、今度の僕ががっかりしているという報道も完全にウソだ。だからみんなは目にする記事は全て信じないで欲しい。

In fact, though Michael and I drifted apart over the years, we never really fell out, and I have fond memories of our time together.

実際には、マイケルと僕は何年も疎遠になっていたけれども、喧嘩はしていなかったし、一緒に過ごした素敵な思い出がある。

At times like this, the press do tend to make things up, so occasionally, I feel the need to put the record straight.

Paul

このような時には、マスコミはウソを作り上げるんだ。だから誤解を正しておく必要があると思うんだ。

ポール

でっちあげはどの国のマスコミもやることですが、今回はポールもだまっていられなかったようです。

ビートルズの著作権はどうなるのか?こうなるのでは?と言ったことを論じてもただ虚しいだけですね。なるようにしかならないのだから、あまりファンには関係のないことだと思います。

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2009年7月 9日 (木)

雰囲気に流されてしまって本当にいいの?

もう民主党政権が決定のごとくことが流れています。確かに日本人は雰囲気に流されやすい国民であり、マスコミが騒ぎ立てることもあって、拍車がかかっているような気がします。以前もこのブログで書きましたが、この国の国防問題に関して、かなり危機的な状況が迫ってきているのではないかと感じる今日この頃です。隣の狂った国が日本に向けて何発もミサイルの発射実験をしているというのに。そして核兵器を量産しようともしているのにです。

現在、評論家の櫻井よしこさんが「麻生首相に申す」という記事の中で『人気者にすがるな』という題で、東国原知事にすがるような自民党の姿勢に釘を刺しています。確かにかつて淫行で警察から事情聴取を受けた人物を首相候補にするなんて、とんでもないことだと思いますし、現在県政でも問題を解決できなくなって来ている人物が、国政に出て一体何ができるのだろう、と疑問を持たざるをえません。

同じ記事で櫻井よしこさんは、民主党の政策の危うさにも触れています。これを読めば読むほど、各党の「政策」をしっかりと把握した上で選挙に臨む大切さを痛感させられます。

私学に勤めている私としては、私学教育に全く理解のない岡田克也幹事長がいる民主党には、一票を投ずることはできません。現在の日本がどれほど私学の教育によって支えられているかを全く知らない、無知の政治家が中心にいる政党は信用できません。また彼はアメリカとの関係を切り離していく考えをもっており、それに加えて防衛費を大幅削減すれば、国防に関して「裸の国家」となってしまうこともわかっていないのです。

また党首の鳩山由紀夫氏は政治資金虚偽記載に関して責任を取ろうともしない。例えば私たちが税金に関して虚偽の申告をすれば「追徴課税」されるわけですが、彼は何も責任をとらずに、世間が忘れてしまうのを待っているのです。また、彼のいい加減な外国人の参政権の案に関しても、大いに心配なことがあります。果たして、こんな人を首相にしていいのだろうかと、不安な気持ちで一杯になってしまいます。

今まで政治にあまり関心がなかった私が、今回の選挙は真剣に考えるようになりました。それは「自民党が落ちぶれた」ことよりも、「危うい政策」を表に出している民主党が信じられないからに他なりません。

最後に櫻井よしこさんの記事の一部をここに転載させていただきます。

岡田克也幹事長は予算のムダを削る際の具体例として「防衛費と私学助成」を挙げた。それで果たして日本の防衛は大丈夫なのか。前原誠司氏は、普天間飛行場の移転問題は白紙に戻すべきと語っている。普天間返還は日本から米国に要請したにもかかわらず、13年がすぎてもいまだに実現していない。このうえ白紙に戻して、日米の信頼関係が保てるのか。

 一方、鳩山由紀夫代表は、地方参政権を定住外国人に与えるべきだとの立場だが、「一歩進めて、定住外国人に国政参政権を与えることも真剣に考えてもよい」と、自身のウェブサイトに記している。

 これで民主党はどんな国家を作るのか、それは自民党の描く国家像とどう違うのか。こうした議論を通してこそ、自民党の存在意義が明らかになる。こんな究極の場での弥縫(びほう)策は有害無益である。

もっとご覧になりたい方はこちらのURLへ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090709/stt0907090306000-n1.htm

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2009年7月 8日 (水)

「懸賞」について

きょう、サントリーから荷物が届きました。サントリーに何か注文したという覚えがなかったのですが、受け取ってみてようやく思い出した次第です。

Rimg1307Rimg1306そう、「黒烏龍茶」の懸賞に応募していたことを忘れていました。黒烏龍茶(350ml)24本セットがめでたく当選!当選者数が多いことは知っていましたが、それでもうれしいですね。きょうからダイエットに励みます。(笑)

Rimg1308今まで懸賞には結構当選していて、その中でも嬉しかったのが、FMラジオでポールの“Flaming Pie”特集があった時の懸賞、Flaming Pieのポロシャツです。これはたしか1,2名しか当たらないものだったので、絶対当選しないと思っていたのですが、今回の烏龍茶と同じように忘れた頃に届いて飛び上がって喜びました。(単純!)

何故か子供の頃から懸賞応募には強くて、少年サンデーで2回(切手とサッカーボールのプラモデル)当選したのが皮切りでした。その後、少年マガジンが募集していた「巨人の星」の「新魔球募集」にアイディアを応募したところ、オペラグラスが送られてきました。(私のアイディアは間接的に採用されたようです=消える魔球で)

Rimg1309その後、1975年頃、ニッポン放送の「ヤッホー!アグネス」という番組での懸賞、アグネス・チャンの香港製のLPレコード(当選者1名)も当選。ジョン・デンバーやオリビア・ニュートンジョンなどの英語の曲ばかりでとても気に入っています(アグネスは香港ではフォーク歌手的存在だったのです)。

そしてその後は、ある国際派女優のサイン(夕刊フジの懸賞で1名当選)、ホテルでレストランのペア招待券(当選者1名)、スーパーマーケットで全く興味のなかった宝塚の公演ペア・チケット、ダイドーのジョン・レノンのシステム手帳、などなど。懸賞に関しては何と運のいいことか...。1名当選の賞品は、自分でも当選したのが不思議なくらいです。

振り返ってひとつだけ思うことは、「何が何でも」という気持ちで応募したことは殆どないのです。ですから、忘れた頃に賞品が届いてびっくりするわけです。最近では懸賞に応募しなくなったのですが、久しぶりに葉書を出して、賞品が送られてきたのには嬉しかったですね。

皆さんの懸賞当選のお話しを聞かせてください!

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2009年7月 7日 (火)

7月7日といえばリンゴ・スター

ビートルズ・ファンになる前からリンゴという人がビートルズの一員だということは知っていました。初めてその名前を聞いたとき、きっと青森出身だと真面目に考えた小学生時代。

ビートルズ・ファンになってから、リンゴの誕生日が7月7日だということを知りました。七夕=星まつりと、スターと言う名前はきっと関係がある、と真剣に考えた中学生時代。

アルバム「RINGO」のアメリカ盤をリアルタイムで購入、ビートルズの全メンバーが揃っていることに興奮し、リンゴの偉大さを改めて知った高校時代。

1989年に武道館にて生のリンゴを見て涙した30代。ビートルズ解散後では、日本でコンサートをやってくれたのはリンゴが最初。

ジョンといっても誰のことかわからない。ポールといっても世の中には大勢いる。ジョージもごく普通の名前(昔「おさるのじょーじ」という絵本をよく読んでいた)。でも「リンゴ」といったらビートルズだとすぐ分かる。

リンゴは凄い! 69歳の誕生日おめでとうございます!

きょうはこの曲を聴いてお祝いします。

http://www.youtube.com/watch?v=5pHb4kk7zTQ

今度日本にポールと一緒に来たら、この曲を演ってください!

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2009年7月 5日 (日)

ジョージのドキュメンタリー映画への資料提供のお願い その2

昨日、ジョージのドキュメンタリー映画のための資料をさがしておられるイーサン・グリーンさんとお会いしました。まだ20代の素敵な方で、話し方からも大変「知性」を感じさせる方です。

まず、イーサンさんに資料を提供してくださる方を紹介しました。その後、イーサンさんから現在の資料の収集状況のお話しがあり、その一部をPCで見せてくれました。(その中にはNHKのアーカイヴもありました)とても和やかな雰囲気の中、話も進み、資料をお持ちいただいた方がイーサンさんへ貴重な写真をお見せすると「素晴らしい!」という言葉を何度も連発していました。

まだまだ集まった資料は多くはないようです。どうか皆様の中で、或いは皆様のお知り合いでジョージの写真を撮った、ビデオを撮影したという方がいらっしゃいましたら、ご連絡をお待ちしております。

何卒よろしくお願い致します。

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2009年7月 4日 (土)

ビートルズ・フィリピン公演のメモラビリア

1966年7月4日は、ビートルズがフィリピン公演を行った日。皆さんもご存知のとおり、当時のマルコス大統領婦人イメルダ主催のパーティに出席しなかったため暴動が起き、やっとの思いで出国したビートルズ一行。4人はそれ以来一度もフィリピンを訪れたことがありません。ビデオ・アンソロジーではリンゴが「フィリピンなんか大嫌いだ」と言っています。ポールもマルコス政権が崩壊したことに関して、「自分たちが正しかったことが証明された」と言っています。

今日は、ささやかですが、フィリピン公演のメモラビリアを紹介します。以前紹介したものもありますが、あまりよく知られていないフィリピン公演の品々です。

Philippines_programまず、公演プログラム。カラーの表紙でなかなかよい感じです。でもやはり日本公演のプログラムが最高だと思いますが。

     

 

Rimg1302次に公演のチラシです。4人の顔は写真ではなく、手描きの絵が使われています。フィリピンの歌手なども掲載され、かなりローカルな感覚のチラシです。

 

    

Rimg1299Rimg1300Rimg1301こちらは当時のステッカー。当初、ARANETA COLISEUMという競技場で開催される予定だったようですが、のちにRIZAL MEMORIAL FOOTBALL STADIUMに変更されます。このステッカーでその変更を見て取れます。

フィリピンでは当時、ポマードからセロテープまで、非公認の商品がたくさん売られていました。現在でも当時のものがオークションで出品されることがあります。それらの中でも上記のステッカーは、不思議と高値で取引きされるのです。

 

まったく関係ないのですが、先日記事として書いた「版権」に関して、知り合いの法律家の話では、法的には「版権」という言葉は存在しないのだそうです。「著作権」という言葉が正しいとのことです。一般的にも、「版権」という言葉は曖昧な言い方で、正しい表現とは思えないとのことです。マイケルのことを書いた記事でまだ「版権」という言葉を使用していましたので、訂正しました。やはり言葉は正しく使わなければ。

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2009年6月30日 (火)

3年前...そしてこれから

3年前の今頃は、ビートルズの来日40周年ということでワクワクしていましたね。あれからもう3年!信じられないスピードで時が流れています。自分の生活環境もガラリと変わってしまいました。これからはどのように暮らしていこうか、と頭の中で計画を練っています。

せっかく東京に住むようになったのだから、ビートルズ(ソロも含む)の来日関連の場所をいろいろ巡ってみたいと思います。未だに場所がわからないところもありますが、ひとつひとつ「探検」するような気持ちで、探し当てたいと考えています。

このブログも3年が経って、いろいろな方と知り合うことができました。その方たちと語り合える大切な時間を、近いうちに持とうと思っています。そしてこれからもこの関係は大切にしたいですね。ブログで知り合えた方と実際にお会いして、ビートルズ談義に花を咲かせることは、何よりも幸せなことです。たいていの場合はブログでのやりとりで終わってしまうと思いますが、それを発展させることが出来て幸せを感じています。

これからのこのブログは、理屈っぽくならないようにしようと思っています。あまりそれが過ぎると、面白くなくなってしまうからです。研究と称して、何かを突き詰めるというのは、自分の性分に合っていないようです。やっぱりビートルズは音や映像で楽しむことが第一だと思っています。

ビートルズ・ファンでかつマイケル・ジャクソンのファンの知り合いから、「マイケルが亡くなったばかりで『ビートルズの版権』がどうなるということは、不謹慎じゃないの?」とズバリと指摘され、全くその通りだと思いました。そういった配慮に欠けることは自分の意に反することなので、削除した次第です。(率直に意見を言ってくれる知り合いはありがたいです)

今はただマイケルのご冥福をお祈りしたいと思います。

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2009年6月27日 (土)

マイケル・ジャクソンのこと

マイケル・ジャクソンの突然の逝去により、多くのブログで彼の追悼記事が綴られています。大分遅れて私も彼への追悼の意味を込めて、ここに自分の思い出、考えを書いてみようと思います。

Rimg1289私がマイケル・ジャクソンを知ったのは“ベンのテーマ”がヒットしていた頃。恐らくその前にジャクソン・ファイブの一員として兄たちと一緒にTVに出ているのを見たことがあったとは思うのですが。この“ベンのテーマ”でのマイケルのボーカルが秀逸で、当時大ヒットしました。13歳の少年に何でこんな情感たっぷりの歌い方ができるのか、本当に驚きでした。この歌を聴くと映画「ウィラード」の続編「ベン」を思い出してほろりとしてしまいます。

 

Rimg1290その後、彼の名前を聞いたのは、アルバム“OFF THE WALL”の頃。ポールがこのアルバムの中の曲に参加していると聞いた頃でした。そしてその後アルバム“THRILLER”の中の1曲“THE GIRL IS MINE”でデュエット。ポールがマイケルとデュエットなんて、当時誰も想像しなかったのでは。

 

Rimg1291Rimg1292その後、ポールのアルバム“PIPES OF PEACE”の1曲“SAY SAY SAY”が大ヒット。でも私はひねくれ者だから、この曲よりも同じアルバム収録の“THE MAN”のほうが好きでした。ポールのファンでなければ、この曲をあまり知らない方も多いでしょう。“SAY SAY SAY”よりもポールとマイケルが「融合」している感じでとってもいい曲です。次のURLでお聴きください。

http://www.youtube.com/watch?v=rXgim4YXLXk&feature=related

この後、マイケルがビートルズの著作権を所有している会社を買い取り、ビートルズの殆どの曲はマイケルの手の中にということになります。このことがきっかけでポールとの不仲が始まります。そして90年代のポールのツアーの際に上映された映画でマイケルが映ると、いくつかの会場ではブーイングが起きたそうです。(日本ではそんなことなかったと思いますが)マイケルはその後、ビートルズの著作権を所有する会社を買ったことを後悔したと吐露したそうですが。

ビジネスという面から言えば、マイケルがやったことは何も悪いことはないのですが、モラルという意味では、ビートルズという聖域を侵したことで、マスコミやファンから批判されるようになったのだと思います。彼は当時、きっと心の中でこのように思ったと推測します。「僕が何か悪いことをしたの?」

大成功した後のマイケルは、数々のスキャンダルにまみれ、恐らく精神的にもかなりすりへってしまったのではないでしょうか。(子供の頃、父親に虐待されていたことが原因ではないかという人もいます)裁判に出廷する時、時間に間に合わないためにガウン姿で出廷したのには、多くの人が「どうしちゃったの?」と感じたはずです。私はこの時のマイケルを見て、彼を支える人はひとりもいないのだろうかと思ったくらいです。

よくプレスリーが孤独だったことを言われますが(そういえば娘のリサ・マリー・プレスリーとマイケルは結婚したことがありましたね)、マイケルも間違いなくひとりぼっちだったと思います。その孤独から抜け出すためのきっかけとして、再起をかけるイギリス公演を計画していたのではないでしょうか。それを思うとあまりにも悲しいです。

正直言って、私はビートルズの著作権を買い取った後のマイケルが嫌いでした。でも彼の本当の姿が見えてきた時、それも許されることなのかもしれないと思うようになりました。恐らく彼のアイドルであったビートルズを「著作権所有」という形で独占したかったのだと。普通の人と違う点は、彼が大金持ちで大きな買い物をしたことですが、ある意味オークションで品物を競り落とすのと似ているような気がするのです。きっとこの考えには反論が出てくると思いますが。結論は彼も熱心なビートルズ・ファンだったということです。

80年代の最大のアーティスト、マイケル・ジャクソンのご冥福をお祈り致します。

(ポールのコメント)

悲しく、ショックを受けています。マイケルと一緒に仕事ができたことを光栄に思っています。彼はやさしい心を持った大変才能豊かな人でした。彼の音楽は永遠に忘れられることはないでしょう。また私が彼と一緒に過ごした時のことはいつまでも楽しい思い出として残ることでしょう。 マイケルのお母さんと家族、そして世界中の数え切れないほど多くのファンにお悔やみを申し上げます。

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2009年6月26日 (金)

CDボックスの話題 「何故HMVは安かったか」

今回のCDボックスの価格で、まだアマゾンが出ていませんが、HMVの30%OFFより安くなることはないのではないかと思います。アマゾンでも30%OFFをするかもしれませんが、HMVに予約した人が大勢いらっしゃると思いますので、アマゾンの戦略としてはあまり安くしないことになるのでは。(20~25%OFF?)

先日HMVを覗いてみたら、「輸入盤3枚で30%OFF」のマルチバイ・キャンペーンが終わっており、今は「輸入盤2枚で25%OFF」のキャンペーンに変わっていました。ということは早く予約した人たちはかなり得をしたことになります。

たとえば、

(30% OFF) MONO BOX 24248円 + リマスター単品2枚 3346円 = 27594円

(25% OFF) MONO BOX  25981円 + リマスター単品1枚  1804円 = 27785円

ということで、何と早めに予約した方が、CDが1枚多くて、尚且つ191円安いという現象が起きています。はじめのキャンペーンは本当に安かったということになります。

単純に、リマスターCDのBOXとMONO BOXだけの価格でもこんなに違います。

(30% OFF)  リマスターBOX  21088円 + MONO BOX  24248円 = 45336円

(25% OFF)  リマスターBOX  22594円 + MONO BOX  25981円 = 48575円

25%でもかなり安いのに、30%OFFというのは本当に安かったということになりますね。何故こんなにHMVは安い価格にできるのだろうか、と考えたのですが、まずHMVがEMI系列のショップであることで、仕入れに強いこと。そして、今回MONO BOXが日本で作られるので、ひょっとするとわざわざイギリスのEMIへ輸送することなしに、そのまま日本に残して販売ということで、コスト削減ができるためではないでしょうか?

これは他のショップからすると「独禁法に触れるのでは?」といいたくなるでしょうね。

但し、HMVといえども心配なことがあります。それは予約に追いつけず、日本向け分が足りなくなることです。以前、ポールのLP“Memory Almost Full”を予約しておいたことがあったのですが、結局入荷できずに、私に届いたメールは「入荷できませんでした」とひとこと。これにはびっくりしました。予約の意味がなくなってしまったからです。今回のMONO BOXは、当ブログにコメントをくださっている路傍の石さんによれば、1万セットが日本の割り当てではないかとのことですので、一応十分ではないかと思われますが、HMVのこと、何が起きるかわかりません。そして日本一国で世界へ出荷するMONO BOX全てを製作するのですから、工場は大変な騒ぎになっているのでは。(皆さんを脅かすみたいですみませんが)おそらく30%引きの早めの予約をした方は大丈夫でしょう。これから購入なさる方は1日も早い方がいいかもしれません。

以前苦い経験があったことと、あまりにも安かったことで不安になってこんな記事になってしまいました。どうかお許し下さい。私の取り越し苦労で終わってくれれば...。

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2009年6月25日 (木)

ジョージのドキュメンタリー映画への資料提供のお願い

一昨日、スティーヴ・マックルーアさんを通じて、ジョージのドキュメンタリー映画製作に携わっているイーサン・グリーンさんからメールをいただきました。現在製作が進行中のジョージのドキュメンタリー映画用の資料を探しておられるとのこと。日本におけるジョージ(1966年ビートルズ来日時及び1991年来日時)の、特に今まで発表されていない映像や写真を探しておられるそうです。1966年は厳しいかもしれませんが、1991年にはジョージに会って写真を一緒に撮られた方もいらっしゃるのではないかと思います。どうか、ジョージの映画が素晴らしいものになるように、ご協力くださいますよう、私からもお願い申し上げます。ご協力頂ける方は、下のコメント欄にご記入をお願い致します。

イーサンさんからのメールは以下の通りです。

日本のビートルズ・ファン及びコレクターの皆様:

グローブ・ストリート・フィルムズでは現在、近く公開予定であるジョージ・ハリスンのドキュメンタリー映画のための資料を探しております。日本におけるジョージ・ハリスンの珍しい映像、画像、特に未公開の写真、未公表の資料を探し求めております。そのようなメディア、資料をご提供いただける方は、このブログのJUN LEMONさんを通じて、私、イーサン・グリーンまでご連絡ください。どうかよろしくお願い申し上げます。

ご参考までに、映画に関しては、次のURLのサイトの記事をご覧下さい。

http://www.variety.com/article/VR1117972815.html?categoryid=16&cs=1

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2009年6月22日 (月)

Beatles in Mono “Across the Universe”モノ・ミックス

まだ発売が2ヵ月以上先なのに、今回のリマスターCDとモノ・ボックスの話題は多くのサイト、ブログで話題沸騰状態です。今日はそんな中で、モノ・ボックスの目玉になると思われる内容についてのお話しです。

リマスターCDの方に話題が行きがちだった今回のリリースも、次第にモノ・ボックスへの期待が盛り上がってきたような状況です。そのモノ・ボックスの中の1枚“Mono Masters”に関してまだ詳細は発表されていませんが、これから必ずや話題を呼ぶことになると思います。その理由のひとつとして、“Across the Universe”のモノ・ミックスが収録されていることがあげられます。このミックスは1968年、シングル“Lady Madonna”のB面曲として用意されていたのですが、ジョンが出来具合に納得せず、結局ボツとなり、代わりにジョージ初のシングル曲となる“The Inner Light”がB面に収録されることとなったのです。

マーク・ルーイソンの「レコーディング・セッション」によると、Across the Universeは1968年2月4日と8日にレコーディングが行われました。4日のレコーディングでは、ファルセット・ハーモニーが必要とのことで、EMIスタジオの外にいた二人のビートルズ・ファンの女の子、リジー・ブラヴォーとゲイリーン・ピースをスタジオ内に連れてきて、高音のコーラスをさせます。(二人はスタジオに入れただけでなく、録音にも参加したということで興奮しきっていたとのこと。当たり前ですね)

このあと、ビートルズはこの曲のために3種類の実験的な効果音を録音したようです。ひとつは15秒のハミング、あとの二つはギターとハープのような音で、テープ・ボックスには両方とも「逆回転にすること」と書いてあるそうです。

Rimg12852月8日にもいろいろと音作りが繰り返され、シングル用のモノ・ベスト・ミックスが完成しますが、結局ジョンがシングル曲から外したいと言い出しボツとなります。その後、『世界野生動物基金』のためのチャリティー・アルバムにAcross the Universeは収録されますが、モノではなく、鳥の効果音が入ったステレオ・ミックスになっています。=Past Masters収録。

Rimg1287Rimg1286_2このモノ・ベスト・ミックスが今回のモノ・ボックスの1枚である“Mono Masters”に収録されるのではないかと予測されます。ただし、いまだにその内容は謎のままです。かつてブートCD“Ultra Rare Trax Vol. 3や最近出た“Revolution Take...Your Knickers Off!”に収録された、鳥の効果音なしで女性のボーカルがあり、それにループ音(テープ逆回転音)が入っているものがありましたが、これもモノですので今回の「候補」のひとつでしょう。(でもこれだと新鮮味がないですね)

いずれにせよ、“Let It Be...Naked”でお終いと思われた“Across the Universe”のバリエーションが、もうひとつ加わることになります。アルバムLet It Beのフィル・スペクター・バージョン、Past Mastersの鳥バージョン、Anthologyバージョン、Let It Be...Nakedバージョン、そして今回のMono Mastersバージョンで、合計5種類ということになります。

このAcross the Universeのモノ・ミックスに関してはあまりまだ騒がれていないのですが、ネットでいろいろ見たところ、路傍の石さんのブログでは私よりも1ヵ月以上も前に記事をお書きになっています。(Across the Universeだけでなく全曲の予想もされています)路傍の石さんの先見の明には脱帽です。次のURLでご覧下さい。

http://blog.livedoor.jp/mickbanzai/archives/51214147.html

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2009年6月20日 (土)

ビートルズ・コレクターについて

最近よく聞かれるようになったのは、「日本でNO.1のビートルズ・コレクターさんって誰ですか?」という質問です。これは正直言ってわかりません。日本のビートルズ・コレクターはすごい人たちが多いですが、実は私にはあまりコレクターの知り合いがいないのです。またブログなどで拝見させてもらっていますが、コレクターの本当の「お宝」はブログにはアップされないのではないかと思っていますので、何とも言えないのです。

最近はあまりマスコミに出ていらっしゃいませんが、松本常男さんが質、量ともにトップ・クラスではないかと思います。(お会いしたことはないのですが) それから私も入会していたイモータル・ビートルズ・ファン・クラブの会長であられた辻和博さん、そしてビートルズ研究所の本多さんもすごいのでは。でもこれらの方々はご自分のコレクションをあまり表にお出しにならないような気がします。きっと誰も見たことがないような、すごいものをお持ちだと思いますが。

ひとつだけ言えることは、日本一のコレクターは自分のことを「日本一」とは言わないのではないかということです。そしてたいていのコレクターは、他人のコレクションと比べたことはないでしょうから、日本一とは言えない筈です。「日本一」と名乗っている人はまず間違いなく「日本一」ではないでしょう。

コレクターの見る目は厳しく、ビートルズ展などで陳列されている品物を見て「これはまあまあ貴重」、「これはよくあるもの」、「これはゴミ」と一瞬で判断します。数年前、あるビートルズの展示会で飾られていたものを見た某コレクターが、「数ばかりあるけどゴミばかり」と言ったのには驚きました。「そこまで言う!」と思いましたが、私も心の中では「あまり大したものがないなあ」と思っていたのです。

ただ、人によって価値観が違いますので、何を集めようが勝手だとも思いますが、何でもかんでもとなってしまうと、家の中が収拾がつかなくなってしまいます。ですからある程度「質」を考えて取捨選択をする必要はあるのではないでしょうか。そしてきちんと整理、分類することが大切ではないかと。私も以前はぐじゃぐしゃだったのですが、引越しを機にようやくある程度の整理、分類ができました。そうしたら、自分が持っているものってこんなものなんだ、と思って、その日を境に意欲が薄れ、蒐集するものがあっという間に減ってしまいました。もういいや、と思ってしまったのです。今ではCDなどの新譜だけを買っています。

もうひとつコレクターとしての気持ちが薄れた理由として、「不幸な」ビートルズ・コレクターの現実を見てしまったことがあげられます。ひとりの人間として、家族など自分の周りの人を不幸にしてしまうことは、絶対に避けたいことです。ビートルズ・コレクターはどんなにきれいごとを言っても、「物欲」が強いことに変わりはないのですから、それをいかにコントロールして、早く引退できるかどうかが大切なのではないかと、そう思うようになったのです。

「何かきれいごとを言っているなあ」と思われるのを承知で書いてみました。でも今の自分には、本当にコレクションに執着はないのです。機会があればいつでも手放すことはできるような気がします。

コレクションはビートルズに限らず、「楽しい」と思っているうちが一番いいのではないかと思います。それを通り過ぎて何でもかんでもとなった時に、あとは「幻想」の世界に突き進むことが残されているだけです。ビートルズが「人生」だ、などとというのは「幻想」です。「現実逃避」といってもいいかもしれません。

楽しく、ほどほどのコレクションをしていきたいものです。

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2009年6月19日 (金)

NHKラジオ「懐かしのポップストップ10」

先週自分のメールが読まれたNHKラジオ「懐かしのポップストップ10」ですが、今日6月19日も放送があり、1972年の特集でした。この年も懐かしい曲がたくさんありますので、メールをNHKに送ったら、またまた読まれてしまいました。ひょっとしてリスナーは私しかいないのではないかと思ってしまいました。(笑) この番組のとてもいいところは、一曲、一曲をフルにかけてくれることです。同じNHKのカメさんの番組もいいのですが、フルにかかることはあまりなく、途中で切られてしまいます。ですからゆっくり曲を聴きたいという皆さんにはこちらの番組をお奨めしたいですね。ただし、金曜夜8:05から野球中継がない時だけの放送ですので、番組のHPでご確認ください。

http://www.nhk.or.jp/r1/pops10/

1972年というと、この年の初めはドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」、ニルソンの「ウィザウト・ユー」、そしてその後、二ール・ヤングの「孤独の旅路(Heart of Gold)」、ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」など数多くの名曲が生まれた年です。

みんな懐かしい曲たちですが、高校入試直前でも聴いていた「アメリカン・パイ」や「ウィザウト・ユー」は絶対に忘れられない宝物のような曲です。ビートルズ解散後、シンガー・ソング・ライターが台頭してきた1971~1972年のヒット曲は、私がリアル・タイムで聴いていたこともあり、ビートルズの曲と違った思いがあります。それは曲と一緒に当時の思い出がよみがえるからだと思います。ちょうどカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」の歌詞のように。

「アメリカン・パイ」のビデオです。

http://www.youtube.com/watch?v=iMlzfpwJZuc

こちらは「ウィザウト・ユー」

http://www.youtube.com/watch?v=7hZI6qJBvDE

1972年、全米ヒットチャートNO.1の曲はどの曲だか、お分かりでしょうか。日本ではそれほどヒットしなかった、ロバータ・フラックの「愛は面影の中に(The First Time Ever I Saw Your Face)」です。ロバータ・フラックは「やさしく歌って(Killing Me Softly With His Song)」が日本での大ヒット曲ですが、この「愛は面影の中に」も素晴らしい曲です。日本でヒットしなかったのは、少々おとなしすぎる曲だったからでしょうか。アメリカでヒットした理由はこの曲の歌詞にあるのかもしれません。その歌詞に情感がこめられたロバータの歌声は本当に素晴らしい。数年前に行った六本木の「スウィート・バジル」という小さな会場で、目の前でロバータが歌ってくれたこの曲は感動的でした。

「愛は面影の中に」のビデオはこちら。

http://www.youtube.com/watch?v=nI7gzXz1cHo

今後、この番組は1973年、1974年と進んでいきますので、70年代の曲に思い出がある皆様、どうぞお聴きになって青春時代にタイム・スリップしてみてください。

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